木工 「 机、椅子の製作 」
天板の補助板を閉じた状態
天板上にさしてある木片2本は固定用である。
補助板使用時には逆にさして固定する。
普段はスティール製の机、椅子を使っているが、木製の机椅子が懐かしく、何となく和みを感じるので手持ちの木材を活用して製作してみた。
手持ちの木材から設計を考えるので不自然な部分も出てくるが、できる限り小型化して強度だけは保てるように構想した。
天板の素材も小さいので補助板を付加して利用できるようにした。
左写真は、補助板を使用した状態。 右写真は、補助板を折りたたんだ状態。
引き出しの取っ手は木の枝を利用している。
戯言(たわごと)
昔の学校で使っていた机、椅子を想い出す。 ぶっつかったり、傷ついたりふれ合っていると愛着を感じたものである。
椅子や机は、体や物を支える機能だけを考えれば、板1枚が固定できればその材質など関係なく機能は果たせる。
しかし、生活用具や道具などには感覚的、精神的にも作用してくる機能があるように思えてならない。
木目、色合い、形、触れた感じ、匂いなどが人の感覚を刺激するのではないだろうか。
スティール製の机、椅子を使っているときと木製のものとでは何となく使用感が異なる。
クッションなどおかずに直接木材に座ってもスティール製とは全く異なる。
特に机上で夢や創造へ思考を巡らすときなど心豊かさを感じるときがある。
これは木材が持っている特質ではないだろうか。
木は、種子から発芽すれば一生その場所で生きていくことになる。
木材の年輪は生活の軌跡である。 季節の変化、環境変化などに適応しながら生きてきた記録が残されている。
言い換えれば、定点観測の記録が伺えると言ってもよい。
木製の机、椅子を使っていると地球上で同じ生き物仲間として生きてきたことを語りかけてくるようにさえ感じるものである。
むかし、宮大工で有名な西岡常一氏の「法隆寺を支えた木」を読んだことがある。
そこには次のようなことが書かれていた記憶がある。
木の評価 ・木は生き物であり1本1本に癖があり木を活かして使うには木の心を読み癖を知る必要がある。
・木は切られたときに第一の生を終わるが建物に使われたときに第二の生が始まる。
千年生きた木はそれ以上の第二の生がある。 鉄より強い
・木は樹種により、産地によって魅力味わいが異なる。 ヒノキでも育った場所で異なる。
・木が育った地で使うのがよい。 木の特性が生きる。
今回製作した机、椅子は小型で少し窮屈な感じもするが、何となく木の魅力を感じ、思考を広げられるような感じがする。
また、木目を見ているだけでも生き物仲間として生きてきたことを実感する。
植物は、自分の力で無機物から生産した養分で体をつくり他への影響は最小限にして生きている。
光を求めて枝を伸ばす 根から水、養分を吸収し、葉では光合成によって体、エネルギーをつくりだしている。
さまざまな生態系が共生しているのが自然界である。
他から邪魔されても厳しく対応しなければいけないなどとは行動しない。
最近、世の中は平和に逆行するような動きが目立ってきている。
自国の欲望や利益が阻害されたり、考え方がおかしいと言って力で解決しようとする動きがある。
力で対応したら力でかえってくる。 武力による戦いはもう嫌だ!
平成20年 熊野本宮大社献詠歌
山脈に万象睦むみくまのへ 久遠の平和祈る出発
人類は進化してきたはずである。 相手を理解させるような考え、理念を説いていくことはできないのであろうか?