ユリノキを想い「  木彫 1 」に挑む

制作中 「ユリノキ」の肌(木彫裏面)

         
 庭に「ユリノキ」を植えましたが、最初小指ぐらいの太さだったものが20余年経つうちに直径が約15cm、高さが10m位になりました。
昨年梢の部分を少し切り取りましたが、そのとき「ユリノキ」の木肌が大変美しく感触もよかったのでどうしても捨てることができませんでした。
昨年は、この幹を使いLED非常灯を作りました。(6月掲載)
今回は残っている部分で木彫に挑んでみることにしました。  
もちろん木彫などやった経験はないので戸惑うばかり。  
特に立体化していくデッサン?が難しい。 彫刻刀も持ち合わせのものと昔の小刀を使っていますが、思うようには切れません。
まだ制作中で途中の姿しかお見せできませんが、気が向いたときに作業を進めているのでかなりの時間がかかりそうです。

「戯言」(たわごと)
「ユリノキ」などの植物を眺めていると不思議さを感じたり、生きる姿に感心することがあります。
植物は種子から芽生えると生涯その場で其処の環境に従って生き続けています。動物のように移動することはできないのでその環境条件の中で暮らしを営みます。 長いものでは樹齢4000年ぐらいに達するものもあります。
 また、無機物から自分で必要なものを作り出す生産者であり、枯死すれば自然に返していく営みは理想的な生態系といえるのではないでしょうか。
植物こそ自然界の中では理想の生き方をしている生命体と思えます。
人をはじめとする動物は、自分の生活圏を求めて自分たちを中心に生きています。
自然保護とか自然を守るとか言われますが、大きな奢りではないかと考えることもあります。
自然は人間の力で保護されたり守られるほど小さな弱いものではないはずです。
スペースデブリをはじめ二酸化炭素による地球温暖化、産業廃棄物による汚染汚濁、廃棄処理困難な生活排出物、有害物質の生産などみな人によって作り出されています。   
地球上の動植物に影響を与えています。
地球規模でいろいろなことが考えられる時代になってきましたが、本当に地球環境を動植物生態系全体の中で考え人の生かされている姿を正していかねばならないのではないでしょうか。
有害物質を作ってから規制したり除外を考えるのではなく、地球環境を保持するために人類が欲望を抑制しなければならないこともあるはずです。
また、人間がもっている知性が生きているならば、弱肉強食のような人殺し、戦争は止めるべきことです。  せっかく平和な時代が築かれた日本なのですから世界にこの生き方を啓蒙し、持続させていきたいです。 そうでなければ、地球を自ら破壊し、人類の歴史は恐竜よりも短く儚い存在となるのではないでしょうか。  
戯言としてこのページに書くのはどうかな?と思いましたが、ユリノキの木肌を眺め触れている間につつい書いてしまいました。