『  ヤブツバキ 』    ツバキ科
 
  寒風が肌を刺すような日にも真っ赤な色で咲き誇っている「ヤブツバキ」はよく目立つ花である。
青森県以南全国的に分布しているようだが、東紀州の海岸近くでも見事に花を咲かせている。
木偏に春と書く椿はいかにも春の訪れを感じさせる。   地名としても使われている。
常緑高木で樹高は6〜18mぐらい。  葉は単葉で互生する。  葉の表面は濃緑色で光沢があり、裏面は淡緑色である。 樹皮は灰白色〜灰褐色でなめらかだが、材は硬く粘りけがあるので縄文人もこの材を加工して使っていたようである。   ヤブツバキで作った竪櫛が出土しているようだ。
また、椿油は食用とされたり、日本女性の黒髪をひきたたせる髪油として古くから愛用されている。
 戯言(たわごと)
 夏目漱石は、「草枕」の中でかなり強烈に「ヤブツバキ」をけなしている。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
と書きだしているが、その中で「ヤブツバキ」の描写はきつい。
画家の目を通して自然観察や人生観も語られているが、温泉場近くの池の周辺に咲くヤブツバキに関する文中の一部を取り上げてみる。
向こう岸の暗いところに椿が咲いている。 椿の葉は緑が濃すぎて、昼見ても日向で見ても軽快な感じはない。
・・・・・・・花がなければ何があるか気のつかないところに森閑としてかたまっている。
・・・・・・あれほど人を欺す花はない。余は深山椿を見る度にいつでも妖女の姿を連想する。黒い眼で人を釣り寄せて、しらぬ間に、嫣然たる毒を血管に吹く。欺かれたと悟った頃は既に遅い。
・・・・・あの色はただの赤ではない。 屠られたる囚人の血が、自ずから人の眼を惹いて、自ら人の心を不快にする如く一種異様な赤である。
見ていると、ぽたり赤い奴が水の上に落ちた。
・・・・・・・・・・・人魂のように落ちる。 また落ちる。 ぽたりぽたりと落ちる。 際限なく落ちる。・・・・・・・・・

 自然を眺めるときに人の感情や背景によってこれほどまでに曲折するものかと考えさせられる。
作品は虚構の枝葉末節に過ぎないが、文豪の見方であるからそうかとも感じる。
ぽとりと首が落ちることから不吉な花とも言われているが、花には可憐さもあるのではないだろうか。
漱石と親交のあった寺田寅彦も椿の花が落ちることに関して上向きと下向きがあることで議論し考察したことを書いていたが、寅彦は椿をどのように見て話をしていたのだろうか。
自然の動植物について、できることなら好意的に考えなければその中に存在する自分たちにとっては、寂しい気がするが。
 自然界の中で動植物たちは、共生していると考えたいものである。