アメリカ86/12


【日 時】1986年12月〜1987年1月
【期 間】10日
【地 域】アメリカ86/12
【ルート】 成田→ダラス・フォートワース空港==ダラス==ヒューストン==
ニューオリンズ==ジャクソン==ダラス・フォートワース空港→成田
【メンバー 】単独


ダラス・フォートワース空港に着く。入国用紙の中に旅行目的・滞在期間・宿泊場所などを記述するところがあるが、宿泊場所をいいかげんに書いたところ(何と書いたか記憶にない)不信に思われたようだ。しばらく待たされて、日本人の係官が出てきた。宿は特に決めていないが、レンタカーで旅行する旨を告げる。

ダラス・フォートワース空港はダラス市とフォートワース市の中間に位置し、シカゴのオヘイア空港に匹敵するほど大きいが、休んでいる施設も多いようだ。

レンタカーを借りダラスの街を目指す。ケネディー大統領が暗殺された都市としてのイメージもあり、なぜが静かな寂しい街の印象を持った。

テキサス州の西部劇に出てきそうな、遥かな平原を只管走る。

ヒューストンはナサの街として有名である。ナサの研究施設があり観光コースとなっている。

ニューオリンズは大河ミシシッピの河口の街であり、ジャズの街である。街を歩いているとここそこに音楽が聞こえてくる。ミシシッピ河を遊覧する車輪の蒸気船の蒸気の音もジャズっぽい。ニューオリンズの北にある湖に掛かる橋は長く二十数キロもあった。

ジョンソンは南北戦争の戦場であった。大砲などが野に呈示されている。


以下、最近当時の手記が出てきたので記しておく。(2015年1月1日)

明けましておめでとうございます。

ダラス・ヒューストン・ガルベストン・ニューオリンズ・ジャクソン・ビルツブルグと廻りました(テキサス・ルイジアナ・ミシシッピ)。
ダラスは悲しい街だ。ケネディ暗殺以来この街の人は二度と同じとこを起こしたくないと考えているようだ。世界に事がある度に警戒態勢を強め、設備にも悲しい工夫がされている。
ヒューストンはnasa、アストロドーム及びガルベストンを廻った。nasaの展示館はスミソニアンに比べて配置法の配慮に欠けるがその一つ一つの展示物が’ガラクタ’に見えるのはなぜだろうか。それは現在の技術にとっては全く過去のものでありnasaはその現在の技術の最先端をいってるからではないかと思えた。
ニューオリンズ、ビクスブルグを語る時ミシシッピ川抜きに語ることはできないと考える。ミシシッピ本流は思ったほどの幅はないが、蛇行した流路を取り巻く地域やデルタを含めればその及ぼす範囲は実に広大だ。大いなる西部を期待した旅だが、むしろ巨大なる大河を再認した旅になりそうだ。

よい年でありますことを!
sheveportにて 

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