薬師岳・黒部五郎岳

薬師岳
北ノ俣岳から薬師岳を望む

【日 時】1998年 9月12日(土)〜13日(日)
【天 候】
【山 名】薬師岳(2926m)・黒部五郎岳(2840m)
【ルート】 9月11日 (21:00)自宅==(24:00)下呂==(3:00)有峰林道(仮眠)
9月12日 (6:00)有峰林道==(7:30)折立(7:55)--(8:50)三角点--(11:25)太郎平小屋
(12:10)--(12:30)キャンプ場--(12:55)薬師岳平--(13:50)薬師岳山荘
--(15:05)薬師岳(15:30)--(17:30)太郎平小屋
9月13日 (6:10)太郎平小屋--(7:25)北ノ俣岳--(8:30)赤木岳--(10:25)黒部五郎岳
--(13:30)北ノ俣岳--(15:00)太郎平小屋(15:30)--(18:00)折立
==(19:40)立山IC==(23:00)自宅
【所要時間】 9時間30分、12時間00分
【メンバー 】二人


9月11日〜12日

8月末に計画していた薬師岳への山行を敢行する。予報では天気もよさそうである。白川村の道の駅で少し仮眠をとる。飛騨側から有峰林道へは2つのアプローチがあるが神岡からの大多和道は未舗装で狭いとの情報をネット上から得ていたので、もう一つの東谷線を目指す。高山を過ぎ、上宝の標識を見かけたので、右折する。道幅が狭く峠越えとなる。道路の選択に疑問をおぼえるが、地図を確認し上宝に着く。国道471線に出て少し神岡方面に進むと駒止橋を発見する。有峰林道の案内もある。20kmほど道なりに進み、北の俣登山口でゲートの開く時間まで仮眠とする。

ゲートには十数台の車が列を作っていた。料金1,700円。釣り客もいるようであった。ちょうど有峰湖を3/4周する形で折立に着く。有峰林道のゲートの開く時間は6:00〜20:00である。3箇所のゲートが6:00に同時に開く関係で我々が到着した時間に駐車場は一気に満車の状態となる。15日が敬老の日で月曜に有休を取って4連休とした人も多いようである。キャンプ場は一張りのテントがあった。

売店のような建物があったがまだ閉まっていた。登山口の横には薬師岳を奉った石碑があった。気持ちの良い樹林帯の中を進む。人が多く、煽られるように歩が進んでしまう。木の間から300名山の鍬崎山が望まれる。途中で休憩し三角点に到着する。他の人もここで一本立てていた。前方には木組みで造られた登山道が独特の景観を見せている。

少し下り樹林帯の石屑状の歩きにくい坂が続く。樹林帯を抜けると木組みの道を歩く。木組みの道は中に直径20〜50cm位の石が嵌め込めている。不慣れなせいか登りは歩きにくい。右手に数m程の黄色と黒が交互に塗られた太いポール状のものが建っていた。太陽が照りつけ暑さも加わる。下には有峰湖が望まれるはずだが、その視界はない。右に大きくトラバースしながら高度をかせぐ。このあたりから太郎平への標識が現われる。前方になだらかな太郎平が展開し、その中に太郎平小屋を見つけるとホッとした気分になる。左手に白く輝いたように見える薬師岳も時々顔を覗かせる。道は平坦になるが暑さも加わり小屋までは遠く感じられた。

太郎平へ到着する。正面に黒岳が迎えてくれる。雲の平方面はくっきり晴れている。小屋で宿泊の手続きを済ませる。寝床の場所を確認した後、食料とビデオのみにしたザックで薬師岳を目指す。平坦な道から少し下った所がキャンプ場である。地図によれば水場はここだけなので補給するが、キャンプ場からすぐに、沢を遡行する。水はここで充分得られた。水音は暫く進むと消え涸れた小川を進む。石がごろごろとした涸れた小川を詰めると薬師岳平に到着する。大きなケルンがあり地とうが展開する平原である。

薬師岳平から少し進むと前方に薬師岳が現われる。かつて愛大生が迷って遭難した尾根が大きく展開する。横浜から来た中年男性と「まだまだありそうですね」と言葉を交わす。前方を60歳程の男性が鼻歌を歌いながら軽快な足取りで登っていく。この人は大阪からきた消防署関係の人であった。一方、妻はこの頃から少しバテぎみである。薬師岳山荘に着き暫し休憩する。本日は薬師岳山荘までという登山客も多そうである。見上げる薬師岳は全体が岩屑で埋め尽くされ白く輝いてみえる。

ここから山頂までが最後の急登である。先程の二人の男性が薬師岳山荘で休みもとらず黙々と歩を進める。妻はペースを落しマイペースを守る。岩屑状の急登となり歩きにくい。妻との距離は開くが見通しもよく、互いのペースを守る。登りきった所のピークに避難所と遭難碑のケルンが建っている。山頂はここからさらに200〜300m奥となるが、傾斜は緩やかになる。途中の稜線から雄大なカールが望まれる。山頂には祠が奉られていた。ここからの眺望は素晴らしい。北側はカールをはさんで北薬師岳が圧倒的な迫力で迫る。その奥に立山・剣が時々顔を出す。後立山連峰は雲の中。対岸の黒岳から赤牛岳は下部はしっかり望まれるが上部は雲で隠されている。ワリモや槍ヶ岳の特徴のある山稜は山岳同定の良い目印になる。黒部五郎はガスの中である。西側は時々ガスに包まれるが、大きな裾野を配しこの山の雄大さを顕著にあらわす。

いつまでも居たい気持ちをあとに山頂を後にする。夕食は5時なので急ぎ足となる。30分遅れで小屋に到着するが、夕食は最初のグループの仲間に入れてもらえた。途中会った横浜の中年男性と大阪の人が前に座っていた。大阪の人は現在100名山を75座登っているとのことであった。今回はこの後、黒部五郎岳・笠ヶ岳・焼岳と廻るとのことであった。横浜の人も感化され予定していたものに焼岳を加えることにしたそうだ。あれこれと山の話をしていたが、次のグループの食事の時間が来てしまった。夕食のメニューが何であったかすっかり忘れてしまった。部屋は一人一畳分をつかえる広さで、今まで利用した小屋の中では最もゆったりできるものであった。同室者は一組みの夫婦で計4名であった。消灯は9時。夜行の車の運転の疲れもあり、ぐっすり睡眠できた。

9月13日


黒部五郎岳
黒部五郎岳山頂から笠ヶ岳方面を望む



素晴らしい朝を迎えた。空には一点の雲もない。同室者の旦那さんは4時から起き出していた。4時半に小屋に明かりがともる。食事は5時である。本日は予定では北ノ俣岳のピストンの予定であったが、黒部五郎を残してしまいそうだと言う私に気をつかってくれたのか、妻が黒部五郎に行こうと言い出す。黒部五郎までのピストンとなると8時間以上の水場なしの行程になるが、天候は抜群である。食料と水筒以外の荷物を山荘にデポし出発である。太陽は薬師岳の尾根からあがった。

雲の平への道と分れ太郎山を登りなだらかに下る。この方面に向かう人は多いが殆どは縦走を考えている様子である。朝露に濡れた下草が気持ち良い。登りきった所で視界が開ける。皆が休んでいたが、先を急ぐので北ノ俣岳を目指す。なだらかな道を左に大きくカーブした道を行った所が北ノ俣岳である。

ここからの眺望は今回の山行では最高のものであった。南側は笠ヶ岳の背後に乗鞍・御岳が鎮座する。誰かが「乗鞍・御岳がこんなに近くにみえると思わなかった」と言っていた。正面にこれから向かう黒部五郎が大きい。妻は早速パノラマ写真のため周囲を写しまくる。槍ヶ岳や鷲羽も昨日より大きく望まれる。黒岳から赤牛岳の稜線もはっきり望まれる。昨日登った薬師岳は山頂にある祠までが識別できそうである。北の立山・鍬崎山・西に白山の長い尾根が特徴のある山稜を見せている。有峰湖の湖岸が印象的である。有峰湖が望まれたのはここが最初で最後であった。

約1時間20分程で北ノ俣岳に到着したことに気をよくする。平坦な道を進むと急な下りと登り返しがある。岩場の所もあるがたいしたことはない。赤木岳に30分程で到着するが、もう一つのアップダウンをこなして休憩とする。このころから、陽射しが強くなり影になる場所もなくなる。水分と食料の採りかたも考えていかねばならない。何より帰りの体力を温存しておかねばならない。

中の俣乗越へは悲しくなるほど大きく高度を下げる。大きなザックの若い人が殆ど空身の私達を追い越していった。帰りの登り返しが辛そうである。中の俣乗越から黒部五郎への取っ付きで休憩する。ここからは一気の登りである。太陽が照り付け顔も腕もすっかり焼けてしまった。黒部五郎小屋への分岐には幾つかザックがデポしていた。黒部五郎岳山頂からの眺望も素晴らしかった。槍ヶ岳から穂高の稜線が奇麗に見える。7月末〜8月に登った奥穂高もはっきり判別できる。笠ヶ岳から東に張るならだかな稜線から一気に落ち込む所が印象的であった。薬師岳の尾根と赤牛岳の稜線の間から後立山の連峰が望まれ先週登った五竜岳も望まれた。薬師岳の美しいカールと比較するわけにはいかないが、黒部五郎もごろごろした石の特徴あるカールを持つ。

暫く休憩した後、帰路につく。太陽が容赦なく照り付ける。帰りは晴れ間はいらない。曇るかガスってくれと祈るばかりであった。食料と水をこれからの距離を考えながら費やす。中の俣乗越を越えたピークで一服する。リンゴを芯までかじる。粉のポカリをもう一本のテルモスから水で薄め飲む。うまい。このあたりから時々ガスも出始める。登りの時、雲やガスが掛かると本当にホッとする。途中、もう一度休憩をとり北ノ俣岳になんとかたどり着く。ここから太郎平小屋が望まれたが、疲れのせいかまだ遠くに感じられた。実際、次のピークから眺める太郎山へのルートがやや登りになっておりうんざりした気分になる。

小屋に着くとまず牛乳で喉を潤した。デポしていたスタッフバッグを取りにいったが、朝には沢山のザックがあったが残っているのは私達の物のみであった。殆どの人は薬師岳のピストンであったようだ。汗を流しテルモスに水を補給する。本日は行動食のみで過ごしてきたのでカロリーメイトで腹の足しにする。30分ほど休んだので体力が回復した。妻の回復はいまひとつの様子である。

有峰林道のゲ−トが閉まるのは20:00である。太郎平小屋から折立まで最後の下りである。西日とはいえ風がなくなり日陰のない状態が三角点まで続く。ここからは樹林帯となるが、木の根が張り出し歩きにくい。最後の30分で妻は足を少し痛めた様だ。折立着は日没時になった。山行後は温泉に入りたいがこの時間からでは諦めざるをえない。有峰林道の小口川線から帰った。有峰湖や小口川線の途中で深い霧が発生していた。立山ICから北陸・名神自動車道で23:00帰宅



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