大天井岳

大天井岳
燕岳から大天井岳

【日 時】1999年 7月25日(日)
【天 候】晴れ時々曇り
【山 名】大天井岳(2922m)
【山 域】長野
【ルート】 (21:30)自宅==(24:00)松本仮眠==(7:30)中房温泉--(12:30)燕山荘--
(13:00)大下り--(15:30)大天井岳--(17:10)大下り--(18:00)燕山荘
【所要時間】10時間00分
【メンバー 】二人


妻の山行はおよそ2ヶ月ぶりである。互いの休みの関係で、日・月の山行となった。梅雨明けということで北アに行ってみることにした。槍までは行けないが、表銀座のコースをとることにした。妻にとっては久しぶりに山行に加え、山荘での宿泊は一年ぶりで何を準備して良いか戸惑っていた様子である。松本付近で仮眠。翌朝、穂高町から中房温泉に向かう。前日から入山した車でいっぱいの状態で有明荘の下の道路脇に駐車する。腹ごしらえをした後、20分程、歩くと燕岳合戦尾根の登山口に着く。天候は晴れているが、山頂付近は少し雲がかかっている。

北アルプス3大急登と言われる合戦尾根で気を引き締めて登り始める。登りはじめると後ろから猛烈な勢いで5〜6人の中高年のグループが登ってくる。登り始めで、はやる気持ちは分かるが、こんなペースで大丈夫かと心配になる。一定の斜度が続くが道が整備されておりそれほどの急登とは感じられない。30分ほど歩いて、第一ベンチがあるとは知らずその少し前に広い場所があったので休憩する。第一・第二・第三・富士見ベンチと丁度30分くらいの歩行感覚で休憩場所が設けられている。第二ベンチの手前で合戦小屋へのケーブルを確認する。本日は日曜日で昨日の宿泊者らしい人達が降りてくる。夥しい人数である。中学生の団体で皆ゼッケンを付けており、そのゼッケンの最大値が9Xであった。また、日曜からの入山者は少ないだろうと多寡をくくっていたが、なかなか多いようだ。合戦小屋に近付くと稜線の残雪も望まれるようになる。

合戦小屋では皆、名物のスイカを食べていた。妻は早速、買ってきた。800円。食べてみると思っていた以上の大きさで、地上での価格と変わらないとも感じた。食べきれない人もいたようだが、私は、実の部分はもとより皮の部分も新鮮で美味しく頂いてしまった。私の今までの山行でこんなに贅沢なものを食べた事はない。思わぬご馳走で、昼食がわりで、腹一杯となった。

燕山荘を目指し出発する。雲も少しとれ燕山荘や燕岳も目に入るようになる。幾グループかの団体が登っており本日の燕山荘の宿泊者も多いようである。森林限界を越え青空も顔を出し、暑くなる。

私の予定では大天井山荘まで行くつもりであったが、妻が久しぶりの山行という事で、燕山荘で宿泊の手続きを済ませる。燕岳は明日でも行けるという事で本日はまだ時間もあり、今回の山行の目的でもある大天井岳までのピストンを敢行する。案内された部屋に行き私は、食料と雨具などをザックに押し込み、妻は空身で出かける。夕食は5時50分でその時間を目標にでかける。

表銀座のルートがずっと大天井岳まで続いている。蛙岩の岩場で右手に登っていく人がおりその後を続くが休んで入いた人が左にルートがあることを指摘してくれる。大下りの頭で休んでいると、急に雨が降り出した。行動中の人も皆、雨具を付けている。サックカバーを持ってこなかったことに気付く。暫く進むと北側は風が強いが、南側は風がない状態になった。雨もあがり暑くなった。通り雨のようで、登り返した所で雨具を脱ぐ。大天井岳直下まではアップダウンの少ないルートでコマクサの咲いているところもある。クサリ場を通過し、しばらく登ると槍方面との分岐に付く。ここから30分で山頂までを目論む。完全な石屑帯の道を登りきると町営の大天井山荘が現れる。常念・上高地側の視界が飛び込んでくる。10分弱で山頂に着く。5分ほどで乾杯し写真を撮る。残念ながら槍・穂高の稜線は雲の中である。雲がなければ、さぞかし素晴らしい眺望になるのであろう。3000m以下は眺望が得られ来し方を眺める。

降りにかかる。大天井までの登りで厳しい表情の登山者もいる。登って来る人が怪訝そうに降りてくる私達に「今からどちらへ行くのですか」と聞いてくる。燕山荘までのピストンを伝える。クサリ場を越えた所で、燕からの縦走グループから大下りの頭の10分ほど向うで熊を見たという話を聞く。大下りの頭への登り返しで来た道と異なる左の道を進み一時道を失う。踏み跡の薄い道を直登すると元の道に出た。空身の妻は足取りも軽やかで食事の時間の10分前になったところで走り出す。食事の時間にはどうやら間に合った。息を整えながら食事をとる。宿泊客は食事を3回くらいに分けてとる程度であった。部屋は最大6人の部屋を4人で使用することになった。同室になった夫婦は新潟の飯豊からきた人で奥さんは70才台で山のベテランであった。今回は旦那さんを連れてきたとのことであった。山荘ではお茶・水は使い放題であった。雨具も乾燥室で乾かした。

19:30からはオーナーの赤沢さんの公演があった。私は毎年6月頃行われる山と渓谷社主催の「山と山小屋の夕べ」に出席したことがある。妻は始めてで公演やホルン演奏などに聞き入っていた様子であった。

眼下には大糸線に添う街の燈が望まれた。槍・穂高の雲もとれ、月齢は満月に近く、夜が更けるにつれ益々晴れ渡っていった。

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