乾徳山

乾徳山
乾徳山

【日 時】1999年12月19日(日)
【天 候】
【山 名】乾徳山(2016m)
【山 域】山梨
【ルート】 (7:05)登山口--(8:10)錦晶水--(9:15)扇平--
(10:20)乾徳山山頂--(12:00)錦晶水--(12:50)登山口==
(14:00)河浦温泉==(19:30)自宅
【所要時間】5時間45分
【メンバー 】単独




月夜で、夜間、非常に冷え込む。朝、起きてみると横に車が駐車していた。登山口まで移動する。寒いので冬用の手袋・アイゼン・防寒用具を装備し出発する。天候は心配していた風は強くなさそうで快晴であった。

登山口には「乾徳山登山口」の大きな看板があった。植林帯の道を進むと下からの林道に当たる。勢いよく追い越していく人と歩きながら会話を交わす。群馬から来た人で、私が三重から来たことを告げる。「雁坂トンネル」を利用すると群馬からでも近いことを伺う。「雁坂トンネル」は有料で700円とのことであった。暫く植林帯を進むと足元が凍っており、その先にチョロチョロと銀晶水が流れていた。水量は少ないがしっかりした水源のようであった。

駒止を通り、冬枯れの自然林となり快適な登行が続く。緩やかな道となり豊富な水量の錦晶水に着き一服する。平坦な凍った道を進むと疎らにシラカバなどが植生する開けた平原の国師ヶ原に着く。「道満尾根」からと「水タル」からの道が交錯する。乾徳山の岩壁と枯れススキが金色に輝く扇平が望まれる。扇平までさほど時間はかからないと思っていたが、小石の混じる歩きにくい急坂であった。振返れば富士山が望まれ、山頂から東側に雲が流れるように発生していた。雪煙をあげるほどではなく、上空の風がそれほど強くないことを知る。一服する。

ここからが乾徳山の核心部であった。ツガ系の林となり深山の様相を呈する。樹林帯の中の岩の急な道となる。そのうち完全な岩場帯になり、大きな岩で開けた所に出る。岩の隙間の狭いところに木を渡しているところを通過すると鎖場となる。下部はホールドは多いが寒さのせいか滑りやすい。注意を払いながら通過する。上部の2m弱の垂壁を乗り越すのに苦労した。右足のスタンスを決め、左足を一気に胸辺りのホールドに揚げる必要があった。右手のホールドが手前にしかないので、そのまま、左手の鎖を頼りになんとか乗り越すことができた。やれやれと思っていたが山頂直下でも垂直に近い鎖場があった。先客に下山者とこれから登る夫婦がいた。奥さんが先に登ったがかなり苦労している様子であった。先行者の様子を見ながら一息ついたのが良かったのか、ホールドもシッカリしており、先程の垂壁と比較すれば意外と簡単に通過することができた。

祠がある山頂は岩場で、うっすらと雪が付着していた。眺望は抜群で富士山や昨日登った御坂山系が望まれたが、毛無山方面は判別できなかった。奥秩父の山々は既に雪の世界であった。同行していた単独行の人が突然「あれは五畳岩ではないか」と言った。黒金山の背後に真っ白い稜線部分が少しだけ顔を覗かせていた。良く見ると確かにあの「金峰山の五畳岩」であった。金峰山の山そのものをこれだけの視野で判別するのは難しいが「五畳岩」の存在で識別できるのは新たな発見であった。

帰路は岩場帯を戻るのを避け、「水タル」からのエスケープルートをとった。このルートは北側になり山頂付近は氷雪の状態であったが、天候も良く、アイゼンを使用するほどではないと判断した。岩場帯の梯子は滑りやすく、素手で梯子を掴むとベタベタひっついてきた。「水タル」からの下りは氷雪はなくなったが、一気の下りとなった。踏跡も薄いところがあり、松霞新道を下ってしまったかと錯覚する程であった。長く続く下りに不安を覚えるころになって漸くトラバース状の道が現れた。ツガの林を抜けると国師ヶ原の一角に着く。高原ヒュッテでは大学か高校のパーティが銀マットを敷き、賑やかに日向ぼっこをしていた。錦晶水で一服し、車のところに戻る。河浦温泉に入り帰路につく。




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