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日常の風景 NO.0016
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沈丁花の曲がり角
路地裏の狭い道をゆっくりと歩くのが好きだ。
地に足のついた、ほほえましい生活の営みがときおり垣間見られ、
玄関前に並べられたプランターの花々や、
丹精こめて造られた、小さな庭先の植物、盆栽などが
かすかな香りとともに、いきいきとした季節感を、
道行く人に味わわせてくれる。
彦根市は城下町である。くるま一台がやっととおれるような、
狭い道が迷路のように、城を中心にしてあちこちに広がっている。
自宅から職場まで、歩いて約２０分かかるわたしの通勤ルート。
極端に言えば、２０通り以上の行き方がある。
阿弥陀くじをイメージして欲しい。
スタート地点、左端の線が、わたしの自宅である。
ゴールが右端の線、職場だとすると、
その間にもう一本だけ線がある
この三本がいわばメインロードで、
そこに脈絡なく書き加えられて行く、
幾本もの横線が路地裏の道というわけである。
今朝の路地裏は、両側二列に続く、
いらかの向こうにすっきりとした青空が広がり、
風もなく、歩いていてとても気分がよかった。
わたしが、ひそかに沈丁花の生垣と名づけている曲がり角がある。
生垣が、沈丁花で造られている訳ではない。
それどころか、沈丁花の姿さえ見たことがなかったが、
その香りから、どこかに沈丁花があることは確かであった。
その生垣を曲がると、
生垣の主である二階の窓が急に開き、中年の女性が、
ベランダに布団を干しに出てきた。
女性は大きなマスクをしている。
「花粉でたまらんわ、この季節」
下を通行しているわたしに向かってそういった。
でも、まさか見ず知らずのわたしに、唐突にそんなことを言うはずがない、
と思って、回りをそっと見渡してみると、通りの反対側の塀の向こうから、
「病院へは行ってるんかいな」
という、年配の女性の声が聞こえてきた。
「どこの病院へ行ってもいっしょや、
時期が過ぎるのをじっとやり過ごさなしょうがない」
「オーストラリアには花粉症がないんやって」
「わたしも、お金さえあったら、オーストラリアでもどこでも、
花粉のないとこにとんて行きたいわ、アハハハハ」
沈丁花の生垣を曲がるときにたまたま耳にした、数秒間の世間話で、
ただそれだけの話である。
でも、ただそれだけの会話から、隣人同士のぬくみある付き合いが、
なんとなく伝わってきて、微笑ましかった。
沈丁花の生垣からは沈丁花の官能的な香りが、
ほのかにいつまでも追いかけてきて、その余韻を楽しませてくれた。
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