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            日常の風景   NO.0039
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胃カメラを飲む

事前に咽頭部の麻酔のために、口に含まされた、薬で、
舌がしびれている。
喉に効くより、舌に効いたみたいだ。

「sceneryさん、ここに横になってください」
という、看護婦さんが指し示したベッドは、
黒のレザー仕立ての上に白いシーツが、簡単に敷かれていた。
大人ひとりが、やっと横たわれそうな、細いベッドで、長さもそんなに長くない。

ベッドの脇に、銀色のパイプの支柱に支えられた
小型のディスプレイが設置されている。
灰色の四角い大きな目で冷たくにらみつけられているような感じがした。

なんとなく、雰囲気で、服を脱いで、シャツ一枚になろうとしているわたしに、
「あ、そのままでいいですよ」
と、やさしく看護婦さんが声をかけてくれる。

よく考えてみれば、胃カメラを飲むのに下着姿になる必要は、まったくないのだ。
どうも、やはりナーバスになっている。

心臓のほうを下にして、ベッドに横向きによこたわると、すぐ、
注射針のない、注射器の容器のようなものから、医師が、最後の麻酔薬を、
咽頭部に直接、水鉄砲を撃つようにして注ぎかけた。

直径5cmほどの掃除機の筒のようなものを、口に咥えさせられる。
「はい、喉を通るとき、ちょっと苦しいですよ」
医師が、小指ほどの管を、筒越しにわたしの喉の奥に入れ始めた。

思ったより細いとはいえ、ハードな異物が喉を通過するのである。
当然の生体反応として、異物を排除しようと、わたしのからだは懸命になる。
ときおり、戻そうと生理的にえづくのである。

これが、苦しい。えづきながら涙が目ににじむ。
マウスピースを噛み砕きそうになるほど、
懸命に歯を食いしばるのであるが、わたしの歯は、もともとあまり丈夫ではなく、
歯がくだけてしまうのではないかと恐怖を感じるほどに力が入る。

そんなときである。わたしの背中をやさしく撫でてくれる人がいた。
背中を撫ぜられても、苦しさには直接は関係ないはずなのに、
不思議なことに、苦しみがすっと引くような気がした。

「わたしねぇ、あなたの苦しみはよくわかるのよ。でもがまんしましょうね」と
わたしのことをすべて何もかも知っている、
観音さまか、マリアさまに耳元でささやかれているような気がした。



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sceneryの風景

「日常の風景」がメールマガジンの「めろんぱん」
オススメマガジンの月間12誌のひとつに選ばれました。

自分の楽しみで書いているのですが、
このように、誰かの目に止まって、推薦されるのは、
ほんとうにうれしいことです。

読者もほんの少しずつですが、増えています。
これからも、ゆっくりとしたペースで、続けて行きたいと思っています。
応援をよろしくお願いいたします。


わたしは、健康診断が嫌いである。
もともとからだは丈夫なほうではない。
若いときから、2、3回入院もしたし、手術も受けたことがある。

血液を分析して、ここが悪いといわれるたびに、
気にして、落ち込んで、そのくせ、結果に付随する注意事項というのが
守れたことがない。

端的にいえば、お酒をひかえなさいということなのだが・・・
生活習慣が変わらないのであれば、
機嫌よく飲んでいたお酒を、気にしながら、陰気に飲むという
悪い習慣だけが残る。これが、健康診断を嫌う一番の理由である。

でも、今回思い切って精密検査を受けることにした。
その理由は、やはり実際のところはどうなのだろうと、
気にはなっていたのと、

去年の7月に、ヘリポートまで備えられた、8階建ての
彦根市立病院があたらしくオープンしていて、
どんなところだろうと、興味もあったのである。

あたらしい病院というのは、やはり気分がよい。
古い病院独特の、じめじめと滅入るような、陰湿さがない。
極端に長かった、待合の時間の問題もほとんど解消されている。

それに何より、最先端の、コンピュータネットワークシステムの導入である。
わたしは専門家だったからわかるのだが、これはすばらしいものだった。

胃カメラを撮り終えたわたしは、
2台の端末のあるちいさな部屋で、医師から結果を聞いた。

医師がわたしの名前を検索すると、目の前のディスプレイに
わたしの内臓が映る。食道、胃、十二指腸と、
NHKのスペシャル番組を見ているようにわたしの内臓が見えるのである。

そして、さらに、前日に撮っておいたCTスキャナーの結果を呼び出す。
わたしが見てもよくわからないが、輪切りになったわたしの胴体と、
専門家の医師の所見が記入してある。

これだけのシステム、構築するのも大変であるが、
膨大な患者のデータを日々更新して行くのは、もっと大変だと思う。

現在の医師は、聴診器は持てなくても差し支えないが、
パソコンのキーボードとマウスが扱えなくては、仕事にならないのであろう。

すばらしいシステムには違いないが、
わたしの毎日の仕事も見かけは同じようなことをしている。
どこの職場も、毎日同じようなことをしている。
これが最先端の技術で、みんなが目指す進歩なのですよね・・・

あっ、すっかり書くのを忘れていましたが、
わたしの結果は胃がすこし荒れているというだけで、
とりあえずは、テストOKでした。ヤレヤレ。



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