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            日常の風景   NO.0054
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雨の降り始め

わたしのお気に入りのコーヒーショップは、
街の雑踏の真っ只中にある。
地元の店ではないので、その店でコーヒーを飲むのは、
年に数えるほどである。

三叉路に面しており、前が百貨店。後ろが映画館。
常に、人通りの絶えることがない、雑踏に向き合っている。

このコーヒーショップを気に入っている理由は、
巨大な透明のフロントガラスに沿って、
カウンターテーブルが、横に長く配置されており、
そのカウンターに座ると、コーヒーをすすりながら、
街の雑踏がこころおきなく眺められるということだった。

わたしは、人々が、道をただ歩いているという風景を
ひとりでぼんやりと見ているのが大好きである。
ちょっと人とは変わった嗜好なのかもしれない。

その日は朝から雲行きが怪しかったのだが、
カウンターに座ってすぐに、突然小雨が降ってきた。

肩に羽織っているジャンパーを頭に乗せて、
映画館の方に駆け出す若者を見たとき、
広重の浮世絵の名作「大はしあたけの夕立」を思い出した。

若者の姿が、蓑笠をかむってあわてて大橋の向こうに
駆けてゆく絵の中の人物と重なったのだ。
半開きの唐傘を差し、着物のすそを乱しながら、急ぐ女性にも
えもいわれぬ色気があった。

とにかく、変化の瞬間というものは、わくわくするほどにおもしろい。

雨の降り始めで騒然としている、わたしの目の前で、
ちいさなドラマがあった。
早足で歩く、傘の持ち合わせのない若い女性ふたりが、
偶然ぱったりと出会ったのである。

でも、ふたりとも、いわば取り込み中である。
「やあ、お久しぶり」という感じで、一瞬にして右と左に別れたのであるが、
ふたりとも、後ろ髪をひかれるように同じタイミングで、また振り返った。

わたしが推測するのには、大学時代の親友同士が数年ぶりに出会ったのだろうか。
ごく、自然にふたりとも足を止め、数歩ずつ戻った。
そして、あらためて、言葉を交わすと、
雨のことをすっかり忘れてしまったかのように、
雑踏のなかで立ち止まったまま話し込むふたり。

そんなふたりをよけるようにして、人々はあわただしく流れてゆく。

走るサラリーマン。小さなハンカチをあたまに気休めに乗せる人。
グッチの紙袋を大切に抱えて、自分が濡れるのは平気な女性。
3段折のちいさな傘をとりだして、ふたりでさし、恵みの雨とばかりに、
肩を寄せ合い、手を握り合う若いカップル。

まるで、カンガルーのように幼児を自分の着ているジャンパーのなかに
すっぽりといれてしまった、父親もいた。
赤いほっぺの幼児は、父親のぬくみと、愛情を直接肌に感じて安心しているのか、
袋の中から、あわただしい外界をみつめて、
にこにこしていたのが、とても印象的だった。



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sceneryの風景

もし、広重の浮世絵の名作「大はしあたけの夕立」に興味が湧いた方は、
下記のURLにアクセスしてみてください。

http://audio.tvz.com/pdf/h106.pdf


なぜ、そのような話題になったのか、はっきりとは覚えていないのだが、
娘から、
「悪妻」ということばがあるのになぜ「悪夫」ということばが日本語にないの?
といわれて、どきっとした。

「老女」があって「老男」ということばもない。
「悪女」があって「悪男」も
「養女」があって「養男」も

男のそれを表現するのは、
「悪人」とか「老人」とか「養子」とか
より一般化された人間そのものになってしまう。

娘も、こんな鋭い視点を自分ひとりで持ったとはとても思えない。
多分、何かの本を読んでの、問題提起だろう。

言葉には、歴史やその時代の社会的背景がにじんでいる。
だからことばには、油断できない



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