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            日常の風景   NO.0057
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青い山脈の情景

夕暮れのお堀の水は、幽玄の世界を写しだす。
石垣から大きく枝を伸ばした桜の若葉は、
お堀の水に映ると、色彩を失い、シンプルな墨絵の世界になる。
夜のとばりは、地上よりも水の中に一足早く、おりつつある。

若葉の小山がもこもこと続く、影絵のような世界が、
両側の石垣にそって、長く長く連なっている。

お堀の中央は、空のあかるさがまだ残っていて、
二羽の鴨が、そのあかるい水の上を、
すべるように滑らかに泳いでいた。

仕事でささくれたわたしの気分が、しっとりと落ち着いてきた頃、
お堀端に設置されているベンチに、
十数人の男女の高校生が座っているのに気がついた。

男子生徒は真っ白のカッターシャツに黒のズボン。
女生徒も白いブラウスに、黒いスカート。
座り方も、遊歩道の両端に向かい合ってきちんと座っている。

多分、彦根では有名な進学校である、彦根東高校の生徒であろうが、
このようなきちんとした服装の高校生を見るのは久しぶりのような気がした。

「じゃ、なぜここに来たんだ」
男子生徒の怒りを含んだ声が唐突に聞こえてきた。
でもこれは日常の会話ではないということに、すぐに気がついた。

「そんなこと、わたしの勝手でしょ」
女生徒のやや甲高い声がそれに続く。

よく目を凝らしてみれば、生徒それぞれがスクリプトを手にしている。
演劇部の生徒が、声合わせをしているのだ。

遊歩道を帰宅するわたしの耳に入った台詞はたったそれだけであったが、
つくづく芝居の脚本を書くのは難しい仕事だなと思った。

そして、それを演じる役者にも、才能が必要なのである。
「じゃ、なぜここに来たんだ」
「そんなこと、わたしの勝手でしょ」

小説で読めば、普通の会話であるが、音声にすると、これは普通の日本語ではない。
日常会話で、このような日本語を使う人は、まずいないと思う。
普通使わない日本語を、違和感のない日本語として聞かせられるようになるのは、
並大抵のことではないだろう。

彦根での日常会話なら、たとえば、
「ほな、なんでここに来たん?」
「ほんなこと、わたしの勝手やんか」
ぐらいの会話になるのではないだろうか。

いずれにしろ、お堀端で、若い高校生達が、
真剣に芝居の稽古をしている。
すてきな景色である。

なぜか気になる風景のような気がして、一度だけ、振り返った。
わたしが高校生の頃、彦根で「青い山脈」という映画の撮影があった。
吉永小百合が主演だった。
わたしのこころの中にある「青い山脈」のワンシーンに似ていた。

お堀に沈む、墨絵の幽玄も悪くないが、
地上の若い高校生の一群がつくっている、シンプルな白と黒の世界は、
内に秘めたる、色、艶、華やかさがあって、
こちらの方が、もっと素敵だと思った。



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sceneryの風景

前の号にも書いておいたように、
癌であと数ヶ月と宣告されている身内がいるという問題は、
とりあえず、本人の死亡というかたちで決着がついた。
後は、時間が癒してくれるのを待つだけである。

でも、一度、すくなくとも月に3度は発行するという決意が、
ぐずぐずになってしまうと、書けないという理由が、
ふしぎなことに、次々と星の数ほど湧いてくるのである。

そんなときである。
ある友人から、最近はseneryさんのメルマガ来ませんが・・・
というメールを受け取った。

メールを受け取った翌日の会社帰りの風景です。
いつもなら、メモ用紙に走り書きをするだけで、
暇ができたら、仕上げようと先送りにするのだが、
折角気にかけてもらったのだからと、
その友人に出す、返信のメールのつもりで、
一気に書き上げました。

「日常の風景」忘れられないためにも、
月に3回は発行するように努力しますが、
宣誓も宣言もしません。できません。



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