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            日常の風景   NO.0058
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送ってあげる

日本各地の、有名な温泉地は、年々さびれてゆく。
往時の、にぎやかで、華やかな温泉独特の活気が、
素敵な思い出として、こころに残っているだけに、
どこにいっても、一抹のさみしさは隠せない。

ここ、湯ノ山温泉も例外ではない。
昼の温泉の繁華街は、かなりの店が閉まっていた。
赤や青や紫の派手な看板が目立つだけに、
人通りがすくなくて、店が開いてないと、
よけいに、うらびれた感じが漂ってくる。

長い間山道をてくてくと歩いてきたわたしたちは、
とにかく空腹だった。
だが、繁華街に出てきても、
食事をする適当な店がなかなか見つからないのだ。

ようやく、一軒の店をみつけた。
店の前には、紺地で統一された軍旗のような旗が
4.5本店の前に立ててあり、
風が吹くたびに、ばたばたと勇ましい音を立てていた。

中に入ると、先客があった。
御在所岳に登る、登山客のような中年の男女10人ほどのグループである。

店は、食堂にしては、場違いなほど大きなカウンターがでんとあり、
洋酒も、カラオケのセットも用意されていたから、
おそらく、夜になれば、スナックに早変わりという店であろう。

店を切り盛りしていたのは、ふたりの女性だった。
若嫁さんと、義理の母親。そんな感じのふたりだった。
母親は、すこし足が悪いのか、やや足をひきずっていたが、
そんなハンディを気づかせないほど、ふたりとも、
きびきびと小気味よく動いていた。

先客のグループが、支払を済ませて店を出ると、ほっとしたのか、
母親の方が、まだ食事をしているわたしたちに話し掛けてきた。
人懐っこい、気さくな感じで、初対面なのに、
色々と話すのが、負担でもなく、気詰まりでもなかった。

湯ノ山温泉は3回目なのに、蒼滝を見たのははじめてであること。
こんないい滝が近くにあるのも全然知らなかったこと。
あまりに気分が良かったので、くるまを滝の駐車場に置いたまま、
ハイキングをすることにしたこと。
大石のある、大石公園まで、山道を歩いたこと。
緑の山道を歩くのは気分がよかったこと。
大石蔵之助が、よく訪れたといわれる大石が立派だったこと。
これからタクシーを見つけて、蒼滝の駐車場まで、
引き返すつもりであること。

不思議な魅力をそなえた、ふつうのおばさんだった。
聞き上手というのか、問い掛け上手というのか、
初対面なのにほんとうによく話したのである。

でも、ここからがふつうのおばさんではなかった。
わたしたちのくるまが蒼滝の駐車場にあるとわかると、
ちょこちょこと奥に入って、なにごとか話していたと思ったら、
「滝まで、ここからだと大分あるから送ってあげる」というのである。

母親ではなく、送ってくれたのは、奥から出できた、息子だった。
息子がくるまを出すとき、母親は手を振って見送ってくれた。

滝についたとき、丁寧に礼をいい、深々とあたまを下げたわたしたちに、
息子は照れくさそうに、軽く会釈をして、さっと消えた。



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sceneryの風景

三重県の湯ノ山温泉の入り口近くに、
蒼滝というなかなか趣のある滝があります。
この滝をわたしはネットで見つけました。

趣があるというのは、いかにも日本的な滝に感じたからです。
水が滝壷にどっと落ちて行くような滝とはちがって、
50メートルの急勾配の岩場を水がすべり、転げ落ちて行くというタイプの滝でした。

だから、水の動きに変化があって、
滝の前の大きな石に座って、滝を見つめる、滝を感じる、
滝と一体となるのにそれほどの時間はかかりません。

近くの方はぜひ、一度訪ねてみてください。

大石公園の大石も立派なものでした。

この石をめぐる逸話として、元禄年間、
大石蔵之助が吉良上野介を討つさいに湯の山温泉に一泊したといわれ、
温泉街にある湯の山大石が自分の名前と同じこともあって
大変好んだ場所であったといわれています。

温泉に昔の情緒のようなものは、少なくなりましたが、
温泉の、人情のようなものはまだ、奇跡的に健在でした。



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