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            日常の風景   NO.0065
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リスボンでファドを聴く

唐突にポルトガルへの旅行を計画したのは、
昔、愛読していた司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの、
ポルトガル編で、ポルトガルの演歌ともいえるファドに関する
描写があまりにも印象的だったことが、動機のひとつである。

『声は強靭に、はるかにのびてゆくかと思うと、にわかに鼻音のなかに縮まり、
そのうち、水色に色づいたシャボン玉のように丸い詩情がほかほかとうまれ、
軽やかに空中に飛翔し、そのことに油断していると、ふたたびたかだかとした
烈しさに変り、また胸をかきむしるような悲しみになってゆく・・・』

司馬さんははじめて耳にしたファドによほど感動したのか、
ファドに関する描写は、このあとも続くのである。

ファドという音楽をまったく知らなかったわたしは、
司馬さんの、このファドの描写に酔ってしまった。
そして、いつか機会があれば、ポルトガルで、本場のファドを聴くという夢が
強くわたしの心のなかに刷り込まれてしまったのである。

リスボンに着いて2日目の夜に、意気揚揚とあらかじめ調べておいた、
ファド・レストランにでかけた。
ファドが始まるのは午後9時頃からである。
そして、演奏は午前2時頃まで続く。

ファド・レストラン、もしくはファド・酒場はメインストリートにはない。
どちらかというと、怪しげで、けばけばしく、
それでいて寂しげなネオンが灯る、
細い路地裏のような通りにポツリ、ポツリとある。

わたしは、このファド、店を変えて2日連続で聴きにいった。
2日目は、相棒が「もう聴きに行かない、ホテルで寝てる」というので、
心細かったが、たった一人で行った。
不安だったので「ア・セヴェーラ」という一流の店にした。

ファドの伴奏は、普通のギター奏者と、マンドリンを大きくしたような、
ギターラという楽器奏者の2人がおこなう。

歌手は女性の場合も、男性の場合もあるが、衣装は両方とも黒一色である。
華があるのは、やはり女性歌手。
ファド演奏中のレストランは極端に暗くなる。
洞窟の奥深く、ろうそくのほのかな灯のなかで聴くという演出である。

そのかすかな灯かりに、太った中年の女性歌手のまるい金色のイヤリングが、
きらっきらっと光る様子はぞくっとするほど艶っぽいのである。

ファドは、人生の悲しみを、切々と歌い上げて、
涙を流し切って、そして浄化させてゆく歌だと思った。

そんなときである。もう0時に近いのに、
ひとりの女性が悠然とレストランに入ってきた。連れはいない。

それほど若くはないが、金髪で女優のような彫りの深い、整った顔立ち。
常連なのだろうか、ボーイが慇懃に引く椅子に悠然と腰をおろした。
彼女の耳にも、金色のおおきな丸いイヤリングが輝いていた。

やがて、レストランがふたたび暗くなり、ファドが始まった。
どうした光線の加減か、歌手のイアリングと、
赤ワインを優雅な手つきで飲んでいる、客席の彼女のイアリングとが、
呼応するように、交互にきらきらと光るのである。
歌手が悲しみを投げかけ、訳ありの彼女がそれに応えているかのように。



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sceneryの風景

ファドを聴きにポルトガルに行くというと、
ある人から、ファドは有名になりすぎて、
ショー化し、もう昔のようなファドは聴けないといわれたことがあった。

その通りだとおもった。
旅行の最終日、リスボンですこし時間があったので、
レコード店に寄り「ファドのCDを捜しているので手伝ってほしい」と
店の人に声をかけて見た。

若い女性と、中年のおじさん。
ふたりは、外国人に、自国の文化を紹介しようと、熱心に捜してくれた。
残念なことに、ふたりの意見は違った。
当然、、ふたりの勧めるCDは違うものであった。

結局、若い女性の勧めに従った。
最近若者に人気のある、売り出し中の女性シンガーであるという。

帰国して、聴いてみた。
洗練されていて、実に聴きやすいファドであった。
まるで、シャンソンのようにも感じられた。

世界的に有名なファドシンガーであった、
アマリア・ロドリゲスがマイナーなポルトガルの文化であった、
ファドを、普遍的な音楽の一ジャンルに、成長させたというべきか、
堕落させたというべきか。

とにかく、ファドは外国人にもわかりやすい音楽になっている。



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