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            日常の風景   NO.0068
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叔母を見舞う

「Yちゃん、来てくれたんか」
わたしの顔を見るなり、丸顔の叔母はにこにことして声をかけてくれた。
Yちゃんという言い方は、昔のまんまである。

わたしは、内心実はほっとしていた。
老人性の痴呆が進んでいると、噂で聞いていたからである。
そのうちに、様子を見に行こうと思ってはいたのだが、
結局、一年ちかく顔を見ていない。

だが続いてすぐ「姉さん元気にしていやはるか?」
という、ことばを耳にしたとき、ああやっぱりと思った。
「お袋なぁ、もう10年以上も昔に死んでしもたで」
わたしはやさしく、丁寧に答えた。

わたしの母親の妹にあたる叔母は、
お袋が最後に入院したとき、ときどき、病院に泊り込んで、
家族以上に、懸命に看病をしてくれた。
叔母のおかげで、心身とも、ほんとうに助けられたことを今でも鮮明に覚えている。

去年、建設されたばかりの市立病院は、近代的であかるく、
病院独特の、どことなく暗い、じめじめとした、
陰湿な雰囲気がどこにもなく、気分がいい。

特に各階の入院病棟に用意されてる談話室は、
まるでホテルの展望台のようである。
彦根城はもちろん、伊吹山、磯山、そして琵琶湖の竹生島、多景島までが一望できる。

叔母を、車椅子に乗せて、この談話室まで連れてきた。
ときおり、宝石のように、陽光をきらきらと反射させる琵琶湖を眺めながら、
叔母と色んなことを話した。

話がとぎれると、繰り返し「姉さん元気にしていやはるか?」と叔母はわたしにたずねる。
「お袋は、もう天国なんやで」
「ほんまか?、姉さん死なはったんか?すまんなぁ、何にも知らんと」
「そんなことないって、よう最後まで世話してくれたがな」
「そうか、よう喧嘩もしたけど、姉さん死なはったんか。わたしひとりになってしもたんやな」

叔母は、つい今しがたの記憶は保持できないが、
子供の頃のことはよく覚えていた。

「おばさん、お袋とどんなことで喧嘩をしたんや?」
「姉さんは子供の頃、人が何か物をくれやはると、いらんいうてどうしても受けとらへんのや。
わたしは、いつも素直にありがとうとお礼をいうて貰ろたよ」
「ふーん、それからどうなったん」
「その人が、帰らはったら、すぐに姉さん、わたしが貰ろたもん、取り上げやはるの」
「そら、喧嘩になるわな」
わたしは声をあげて笑った。

そしてまた「姉さん元気にしていやはるか?」と叔母はわたしにたずねるのである。
おだやかな、ゆっくりとした時間が、のんびりとながれてゆく。
叔母をお見舞いにきた、わたし自身が癒されているような気もした。



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sceneryの風景

喧嘩のエピソードは、亡くなったわたしのお袋と、叔母の性格が、はっきりと出ている。
もし、わたしのお袋が、叔母と代わって、老人性の痴呆になったとすれば、
猜疑心の強い、攻撃型の痴呆になったのだろうと予想される。

毎日、病院に世話に行ったとしても、その事実そのものが、記憶に残らないのだから、
家族に見放されたと誤解してもやむを得ないのである。

10年以上も前、わたしは自分の母親の看病をしながら、病室でメモをとり、
それを小説にしたことがある。

興味がある人は(誰も興味なんてないですよね)わたしのHPから『小説』をクリックして
『真夜中のビール』をどこでもいいから覗いてみてください。
お袋のキャラクターがよりはっきりとするはずです。
でも、小説ですからすべて事実というわけでは、もちろんありません。

その点、今年で82歳になる叔母は、すぺてのことをあるがままに受け入れて、
足を骨折したにもかかわらず、いつもにこにことしている。

日をあらためて、もう2度訪れたが、予想通り、叔母は何もおぼえていない。
家族が毎日、世話に来ているのも、記憶にはないのである。
それでいて、これという不満も、苦痛もない。

叔母は、みんなに「ありがとう、ありがとう」といってにこやかだが、
家族はやはり大変だろうと思う。
叔母がわたしの家族だとすれば、いつもいつもこんなやさしい気分で付き合える訳がない。

そのようなことはすべて承知した上で、
もし、老人になり、痴呆という病を避けるということが不可能ならば、
叔母のようになりたいと思った。



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