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            日常の風景   NO.0072
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叔母を見舞う2

左足を骨折し、そして痴呆も進行している叔母の見舞いに、
毎日、彦根市立病院を訪れると、病院自体が
時代に合わせて進化したのを肌で感じる。

病院の中央を貫いている、巨大な吹き抜けや、
琵琶湖や彦根城が一望できる、談話室なども目に付くが、
看護婦詰め所の設計も、かなり工夫されたものになっている。

従来の詰め所は、詰め所と廊下の間に、歴然としたカウンターがあり、
治療に従事するスタッフと患者との間には物理的な隔たりがあった。

新病院の詰め所にももちろんカウンターはあるのだが、
4方をカウンターで完全に囲い込んでしまうのではなく、
一方が廊下に向けて完全に開放してある。

車椅子のままでも、そのまま、看護婦詰め所に入ることができるのである。

仕事を終えてから、叔母の顔をちょっと見に行く時間帯は、
ちょうど夕食の時間である。

叔母は、自分のベッドではなく、その看護婦詰め所の中で、
車椅子に乗ったまま食事をしていることが多かった。

それも、たいていはふたりである。
わたしの叔母と、もうひとりの老女。
ふたりとも普通に見えるが、共に痴呆がかなり進んでいる。

勢い、わたしも、忙しそうに働いている看護婦さん達を横目に、
詰め所のなかで叔母と話すことになる。
「あっ、Yちゃん。わたしのこと誰に聞いてくれたん?」
毎日、顔を見せていても、第一声はおなじことの繰り返しである。

叔母は食欲はあった。
時間はかかったが、出されたものは「おいしい、おいしい」といいながら、
ほとんど残さずに食べた。

隣の老女は「わしはアホや、死なななおらん」「こわい、こわいもう死にたい」
というのが口癖で、食欲もあまりなかった。
世話好きの叔母は、そんな老女の食事の世話をしようとするのである。

わたしが、老女に「おばあちゃん、今年でいくつになったん?」
ときくと「わしか?」としばらく考えて「35」という答えがまじめに返ってくる。
その答えをきいて、スタッフをはじめまわりがどっと笑うと、
叔母もけらけらと笑っている。

自分の年は思い出せなくても、どう見ても80歳はゆうに超えている老人が、
「35」というと、やはり可笑しいらしい。

車椅子をふたつ並べて、食事をとりながら、ふしぎなことに、
老人ふたりの会話は、ぽつりぽつりとはずむのである。

生活や家族のことを、録音テープのように、
何度も何度も、繰り返し、繰り返し話すのであるが、
叔母は、聴いたことをすぐに忘れてしまうので、
にこにこ笑い、うなずきながら、初めての話を聞くように聴いている。

ひょっとすれば、痴呆老人の最高の話し相手は、
叔母のような性格のよい、痴呆老人その人なのかもしれない。



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sceneryの風景

最近、介護保険を使用して、ショートステイで老人をあずかっている
「グループホーム」の園長さんから
「高齢者の人権と介護」という演題で話を聞く機会があった。

その中で「痴呆の人のいうことはすべて本当である」という話が
とても印象に残った。

食事をしたばかりなのに「まだ食事をしていない」と責められる、
というような話は、よく聞く話である。

園長はいうのである。そのときに、決して老人を問い詰めてはいけません。
食事の現場につれてきて
「ここに座って、この茶碗で食べた。などと、言ってはいけません」
老人にとって、まだ食事をしていないというのは、
その老人にとっては、まぎれもない事実なのですから。

「おばあちゃん、ごめん、いますぐに準備するから、それまで、
このお茶と、おせんべいでも食べて待っててくれる?」
と、やさしくいえば、もうそれだけで、おばあさんも満足して、
後を引くことはありませんと。

人間としてなんとなく、納得できる話である。
その「グループホーム」では、そのような老人にそなえて、
ちっちゃな、ちっちゃな50グラムのおむすびを用意しているということでした。



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