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            日常の風景   NO.0077
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湯煙の観音様

冬場に家族全員で温泉に来て、
ちょっとしゃれたカニ料理に、舌鼓を打つ。

お酒も、ビールもその日だけは好きなだけ飲める。
普通の日本人の庶民が描く、
最高に贅沢な景色のひとつではないだろうか。

にぎやかな夕食が終われば、ほろ酔い加減で、大好きな露天風呂に
のびのびと手足を伸ばすというのがわたしのいつものコースである。
なーんにも考えず、湯船で目を閉じて、
たっちひとり、真冬の露天風呂を楽しんでいた。

そんなときである。
わたしの露天風呂に4人の若者が、どやどやと入ってきたのである。
驚いたことに、4人のうち3人の背中や腕に、刺青があった。

リラックスして、緩みきっていた気分が、突然緊張した。
わざとらしく、すぐに湯船から出るわけにもゆかない。

しかし、目のやり場にも困るのである。
あからさまに好奇心を剥き出しにするわけにもゆかない。
仕方なく目を閉じた。

刺青があることさえ除けば、露天風呂での若者達の会話は、
宴会に出ていた、コンパニオンがああした、こう言ったという、
ごくふつうの会話だった。

頃合いを見はらかって、露天風呂から出て、隣の大浴場の方に移る。
大浴場はミルク色の湯煙で、湯船がよく見えないほどの
幻想的な雰囲気だった。

もう一度ゆっくりと湯につかる。
そのとき、洗い場の方から「テキヤの方は?」
という野太い声が聞こえてきた。

湯煙でよく見えなかったが、洗い場にはふたりの大きな背中が見えた。
並んで石鹸を使っている。

「ハァ、たまに手伝どとります。もちろん、向こうの了解はとったりますんで」
目を凝らしてみると、ふたりともに立派な刺青があった。
もう若くはない。中年と、初老といった感じである。

露天風呂とは違い、互いの物理的な距離が遠いのと、
湯煙りのスクリーンのお蔭で、わたしの好奇心は充分に満たすことができた。

「ユーさんは今、どこにおるん」
「はー、仙台やと聞いとります」
「後、どのぐらいや」
「1年と半分ほどです」
「初めてやったんやろ、かわいそうに、運が悪かったんやな」
「それでも、ほんまやったら、5、6年やったらしいんです」

こちらは、若い者とは違って、かなりふつうではない会話である。

もっと話を聞いていたい気もしたが、さすがに、
露天風呂に引き続いての入浴。
湯あたりしそうになったので、
湯船を立ち上がった途端、濃密な湯煙が瞬時薄くなり、
ひとりの背中の観音様がはっきりと見えた。

蒼と朱色で彩色され、背中で手を合わせている観音様は、
ぞくっとするような官能美だった。



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sceneryの風景

北陸の片山津温泉に家族ででかけた。
くるまなので、雪を心配したのだが、
ラッキーなことにいいお天気に恵まれた。

でも冬場の旅行である。
東尋坊にも、永平寺にも立ち寄らず、
真っ直ぐに目的地をめざしたら、2時過ぎに旅館に着いてしまった。

多分一番乗りである。
旅館の従業員全員、多分30人ぐらいの、
「いらっしゃいませ」という最敬礼で、迎えられたのも
ちょっと面映かった。

それでも、一番乗りのいいことがひとつあった。
旅館のマネージャーが、検番寄席という、
寄席の招待券をくれたのである。

片山津には何度も来ているが、検番という
芝居小屋のような舞台があるのをはじめて知った。
多分、昔の芸子さん達の踊りの舞台だったのだろうと思う。

階段をとんとんと2階に上がると、
畳の大広間の向こうに舞台があった。
雰囲気のあるなかなか素敵な場所だった。

早く着きすぎたので、どうして時間をつぶそうかと思案していたので、
寄席というのは、願ったりかなったりである。

旅するということは、このような予定外のハプニングがあるからおもしろい。
落語も、漫談もそれほど売れていない芸人だったが、
すごくおもしろかった。

大勢集まった、片山津温泉の地元の年寄りと一緒に、
お腹が痛くなるほど笑い転げた。

ほんとうは、この寄席の方を本文にしようとパソコンに向かったのだか、
ふと気が変って、上記の観音様の方が本文になってしまった。
これも、旅の余韻で、ハプニングの続きなのでしょうか?



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