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            日常の風景   NO.0096
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風船釣り

地蔵盆の会場に足を運ぶのは何十年ぶりのことだろう。
昨日は会場の設営で、ちょっと大変だったが、
今夜の夜の部の留守番は、気楽な役目である。
2.3時間、缶ビールでも片手に気楽に過ごすつもりでいた。

夜の部は子供会の若いお母さんたちが、
風船釣り大会と、ビンゴー大会を計画していた。
豪勢な行事である。
わたしたちの子供時代なら、せいぜい紙芝居か幻燈だったのに。

「あー、あかん」
「また、切れた」
「これでは、釣れへんで」
「どうなってんの、これ」

風船釣り大会が始まったようであるが、
子供たちの歓声まじりの、ため息のような、不満の声ばかりが聞こえてくる。

飲みかけの缶ビールを横に置いて、
草の根ハウスの玄関前に出た。

大きな、青いプラスチックの容器に水が張られ、
色とりどりの水風船が、たくさん浮かんでいる。
そのまわりに子供たちがしゃがんで、釣ろうとしているのだが、
なるほど誰も釣れない。

ひとつには、子供たちに工夫がない。
釣り糸が、木綿糸ででも出来ているかのように、乱暴に吊り上げるものだから、
当然糸は切れる。

もうひとつは、お母さんの紙糸づくりもまずい。
巻きがゆるいのである。

「もう、ここまで持ち上げたら、釣ったことにしてくれん?」
ゴムの部分だけを空中に持ち上げて、大人に頼んでいる。

「あかん、あかん、そんなズルをしたらあかんで」
思わず、わたしが口をはさんでしまった。
「ちょっと、おっちゃんに釣らしてみて、これでも昔は、風船釣りの名人やったんやから」

こうなったら後には引けない。
お母さんにこよりをつくる紙をもらった。
丁寧に撚りのきついこよりを作り、これをW型の針金に結びつけた。

一度針を、水に浸けたら手早く、風船が水から離れるときは慎重にゆっくりと、
1ミリでも、風船が水から離れたら、すぐに手に持ちかえる。
やはり、昔おぼえた技術は健在だった。
あっという間に、2個釣り上げたら、まわりから拍手が起こった。

わたしの真正面で、わたしの風船釣りをじっとみつめている女の子がいた。
小学校1年生か2年生。
黄色いゆかたに、赤い帯。ゆかたに染められた金魚が、涼しげに泳いでいた。
髪は両側にふたつにたばねて、それぞれ赤い輪ゴムと青い輪ゴムで留めていた。

あまりにかわいいので、釣り上げた風船ふたつを「どう」といって、
差し出すと、はっというような顔をして、
尻込みしてしまった。手も出さない。
そのうち、腕白坊主が、わたしの手から、風船をさらっていった。

盛り上がったビンゴゲームも終わり、今年の地蔵盆も終わりである。
先ほどの女の子も、おばあさんが迎えに来た。
いつの間にか、水風船を3つか4つぶらさげている。

わたしは、女の子がこちらを見たとき、黙って手を振った。
今度も、応答はなかった。
おばあさんの手をぎゅっと握り返し、腰のあたりに顔を擦りつけている。

それでも、気になるのか、5メートルほど歩いては、
振り返り、また5メートルほど歩いては、振り返った。
前を向いて歩いているおばあさんは何も知らない。
そして、とうとう、3回目に女の子がわたしに手を振ってくれたのである。

女の子の姿が、闇のなかに今にも消えようとする一瞬。
小鮎のようなかわいい白いゆびと、ゆかたの赤い金魚がひらひらとして、
なぜか訳もないのに、目頭の奥が、ツーンと熱くなった。



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sceneryの風景

地蔵盆の会場には、手作りの大きなぼんぼりが飾られ、
そこには、子供会の児童による絵が描かれていた。
わたしにもなじみのあるマンガのキャラクターが上手に描いてある。

わたしたちの子供時代とは、格段の差がある。
わたしたちは、もっと幼い、幼稚な絵を描いていたように思う。
だから、未だに、絵が苦手で、まともなものが描けない。

昔にくらべて、絵を描く、技術は確かに進歩したようである。

だが、風船釣りとか金魚すくいの技術は退化している。
競争がないうえ、工夫もない。

わたしの子供時代は、遊びも投資であった。
親にもらった10円か20円のとぼしい小遣いを何に投資するかは、重大事だったし、
投資するからには、それに見合う配当がなければ、傷ついた。
そして傷つかないために、情報も集め、工夫もし、技術も磨いた。

風船釣りは、割りに得意にしていた。
縁日の風船釣りは、風船で水が見えないほどにぎっしりと風船が入っている。
そのなかに、ひとつかふたつは、ひっかける丸いゴムの先が、
隣の風船に乗って、空中に出でいるやつが必ずある。

それから釣るのである。
この風船は釣れて当たり前だが、目の前にいる、親父の目を盗むのがむずかしかった。
昔の子供たちは、勉強の工夫はしなかったが、
遊ぶことには、いろいろと努力を積み重ねたのである。



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