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            日常の風景   NO.0097
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傘ヨット

台風16号が九州に上陸する2日前のことである。
その予想進路を見て驚いた。
九州からきゅっと直角に曲がり、本州に方向が向いているのである。

そして、その予想はみごとに当たった。
あのような不自然なコースを2日も前に正確に予想することができた訳である。
やはり、科学の進歩も、この分野に限っては、たいしたものだと、
認めざるを得ない。

台風が九州に上陸した朝、わたしの相棒さんは、
青春18きっぷを使って、職場の仲間5人と熱海温泉に旅立った。
いつも以上に台風の進路が気になった理由のひとつである。

常に家にいる、相棒さんがたまにいない。
家にひとり残される酒飲みが考えることは、ただひとつ。
時間を気にすることなく、外でゆっくりと飲めるということだけだ。

こんなとき、酒が飲めない人は、どうするのだろうか?
真っ直ぐにいつもどおり家に帰る人は少ないような気がするが、
しかし、いったいどこに立ち寄るのだろう?
喫茶店? 映画? パチンコ? まるで想像ができない。

九州に上陸した台風16号は、九州から、中国地方をかすめて、
日本海に抜けた。
彦根地方も、その影響で、すこし風が強まり、今にも雨が降りだしそうである。

仕事が終わると、予定を立てた通りに、いつもの飲み屋にでかけた。
ほんとうは、幼馴染を久しぶりに電話で誘ったのだが、
「あほかおまえ、こんなときに何を考えてるんや」
と一蹴されていた。

わたしのいきつけの飲み屋さんは、ちいさなお鮨屋さんである。
7人か8人入ると、もうそれ以上は入れない。
台風が来る日に、飲みに出かけるのは、さすがにわたしひとりだろうと、
予想して飲みに行ったのだが、暖簾をくぐると、いつもとすこしも変わらず、
もう、ほぼ満席である。

ちいさなテレビから流れ続ける台風情報を肴にして、
みんな機嫌よく飲んでいる。
なんという、楽天的で、気楽で、平和な連中であることか。
久しぶりに、その店で、店のお客さんと、ゆっくり碁を打ち、かなり酔っ払った。

外に出たときは、風はかなり強くなっていた。
自転車で家に向かったのだが、
途中から、小雨まで振り出してきたので、傘をさした。
さすがに、人通りはないし、くるまもあまり通らない。

風は、ますます強くなる。
追い風なので、傘の柄を肩に担うようにしてかつぐと、
風がまともに後ろから吹きつけてきて、ヨットのようになった。

ペダルをこぐ必要がないのである。
これは楽チンだと、酔いも手伝って、少年のようにはしゃいでいると、
風向きが急に変わり、担いでいた傘が、前に飛ばされそうになった。
ヨットの専門用語で言えばジャイブである。
メインセールの向きが、反対の方向に回転したのだ。

飛ばされそうになる傘を、腕をいっぱいに伸ばして、
まるで傘を追いかけるようにして、自転車は、大疾走を始めた。
だが、しびれるような、快感にちかい手ごたえを感じたのはほんの一瞬だけだった。

次の瞬間に、傘の骨はバラバラに折れ、傘の布である、セールは吹き飛ばされ、
おまけに、バランスを崩して、自転車も倒されてしまった。
傘ヨットの大転覆である。

人通りのない、強風の暗い道路に、べちゃっと転んだとき、
なんか、むやみにおかしさがこみ上げてきて、
ひとりで、くすくす笑っていた。
今考えると、やはり、酔っ払いというのはどうしようもない生物なんだと思う。



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sceneryの風景

わたしの家は、琵琶湖の近くである。
5分ほど歩けば、琵琶湖に着く。
少年の頃は、夏になれば、毎日泳ぎに行っていた。

桟橋があり、貸しボート屋さんのヨットが4.5隻いつも係留されていた。
中学生か高校生時代になると、貸しボート屋の親父とは、すっかり顔なじみになり、
安くヨットに乗せてもらったりした。

ときどき、ヨットの操縦はできないけれども、ヨットに乗りたいという、
鐘紡や近江絹糸の女工さんが来たりすると、
ヨットの運転手として、ボート屋の親父から、声をかけられたりもした。

九州から働きに来ていた女の人が多かったように思う。
今から考えると、年もそれほど変わらなかった筈なのに、
相手が社会人というだけで、まぶしく、大人に見え、
なぜか、なんにも話さずに、黙ってヨットを琵琶湖に浮かべていたような気がする。

ヒリヒリとするような青春の思い出だが、
台風の日、自転車から転んで、手と足をすりむいた傷跡は、
かさぶたを取ろうとすると、いまだにヒリヒリとする。



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