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            日常の風景   NO.0099
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ムンク美術館

ヴィーゲラン公園はオスロ郊外にある。
冷たい雨が静かに降りしきる朝、傘をさしながらの観光であったが、
その帰り道、雨足が、急に激しくなってきたので、
とりあえず、偶然に通りかがったバスに行く先も確認せずに飛び乗った。
乗客はわたしたちだけだった。

北欧の秋は、日本でいえば初冬である。
雨が降れば、気温は急激に低くなる。
寒さのためとはいえ、なぜ、このような乱暴な乗り方をしたのかといえば、
観光客用のオスロパスというチケットを購入して持っていたからである。

このチケットは、オスロ市内のバス、地下鉄、トラムなどが無料になるほか、
美術館、博物館の入場料も無料になる。

乗る前に、バスの20番という番号だけは確認しておいた。
次に行きたかったのはムンク美術館であった。
暖かいバスの座席で落ち着いて、路線を調べてみると、
偶然にも、ムンク美術館の前まで20番の路線が伸びている。

ラッキーと思い、安心してオスロの黄葉した美しい街路樹を目で楽しんでいた。
ところが、このバス、交通量だけはやたら激しいが、
道路以外に、まわりにはこれといってなんにもない場所で止まってしまった。
顔が浅黒く、髭の濃い、アラブ系のちょっと怖い顔をした運転手が、ここで終点だという。

わたしのちょっと困惑した表情を見て、
「どこに行きたいのか」となまりの強い英語で聞いてくれた。
「ムンク美術館に行きたいのですが」
「そうか、じゃ、かまわないからこのまま乗っていろ」

どうやら、わたしたちは同じ20番でも、逆方向に走るバスに乗ったようである。
バスは時間調整のためか、その場で15分ほど車体を休めて、再び走り出した。

それからかなり走り、とある停留所の前まで来ると、
運転手は運転席からわざわざ降りてきて、ムンク美術館への行き先を、
窓から身を乗り出すような勢いで説明してくれた。

顔が恐そうな割には、親切な運転手だった。
雨はまだ降り続いていた。

ムンク美術館の入り口の前では、中年夫婦の西洋人が、先着していた。
夫は、折りたたみ式の椅子に座り、ドアに背を向けた姿勢で、
ながい足を通路にゆっくりと伸ばしていた。

飴色のパイプの吸い口をくわえ、火皿に右手を軽く添え、煙をくゆらすポーズがなかなか決まっている。
腰にポシェットを巻きつけた妻は、立ったまま、熱心に地図を見ていた。

「まだ、開館の時間ではないのですか?」
わたしは、立っている妻の方に聞いた。
北欧では、美術館や博物館の開館時間が11時から16時までというところも割合に多い。
夏場はもうすこし長く開けるようであるが、とにかくここもそうだと思った。

「いえ、開館されないのよ」
地図から、目を上げた妻はノット・オープンとはっきりといった。

「えっ、あなたのおっしゃる意味は、今日一日開館されないということですか?」
「そうなのよ、今日だけではなく、9月中は開かないのよ」
と、いいながら、入り口に掲げられている貼り紙を目で指し示した。
わたしが、貼り紙を確認している間、妻が説明してくれた。

「知っているでしょう、この間、この美術館から2枚の絵が盗難に遭ったのを」
「ええ、もちろん」
「だから、ここのセキュリティシステムを全面的にやりかえるらしいのよ」
「I see. Thank you.」

わたしは、がっくりとして力なくうなずくより他に手がなかった。
冷たい雨はまだまだ降り続いている。

またもや失敗である。でも、今日のことは、印象的な旅の思い出として、メモリーに深く刻まれ、
やがて、歳月とともに、いい想い出に発酵することが、
今までの長い、旅の経験から、もう、その場でわかっていた。



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sceneryの風景

とりあえず、北欧旅行の写真を整理しましたので、
アップします。興味のある方は見てください。

http://www.za.ztv.ne.jp/magmaria/photo/hokuo/hokuo.html

やはり、ヘルシンキ、ストックホルム、オスロ、コペンハーゲンなどの
都会は街の雰囲気全体を伝えるには、9枚の写真ではとても無理です。

その点、ベルゲンとフィヨルドはなんとか雰囲気が伝わっているのではないかと
思っています。

ムンク美術館には残念ながら入ることができませんでしたが、
ムンクといえばノルウェーの北欧を代表する画家で、
どこの美術館に行っても展示されていました。

前日に、オスロ国立美術館で、ムンクの代表作「叫び」(オスロの写真参考)や「思春期」など
ムンクの部屋と呼ばれている展示室で、
1時間ほどかけてゆっくりと鑑賞した。

相棒は、ムンクが大好きだというのだが、
正直なところ、わたしはあまりムンクが好きではない。
ムンクの作品は、不安、狂気、死、病気などがテーマで、
見ていてもあまり楽しくないのだ。

オスロの市庁舎の2階に、あのヒトラーに毛嫌いされて、
送り返されてきたというムンクの「人生」という絵が飾られていたが、
返したヒトラーの方が正しいような気もした。

確かに「叫び」は非常にインパクトのある作品で、現代人が抱えている不安を
見事に表現しているとは思うが、家に飾りたいとは決して思わない。

それよりも、わたしは、「叫び」に描かれている、赤い縞のような雲を、
コペンハーゲンで、食事を取りながらはっきりと見たのである。
ほんの10秒か20秒。
あわててかばんからカメラを取り出したときは、もう形が変わっていた。

この雲も、どこまで信じていただけるか。とにかく日本では決して見ることができない雲。
本物の「叫び」を見たときより、わたしにはこの雲を見たときのほうが感動しました。
とりあえず、コペンハーゲンの写真にアップしておきました。

この日常の風景の冒頭の
ヴィーゲラン公園は彫刻家のヴィーゲランを記念した公園である。

121体の人体だけで構成された、巨大な人柱の彫刻が世界的に有名で、
見ていると、人類に対する作者の静かで、それでいて強烈な祈りが放射されているようで、圧倒された。
それと「怒こりんぼう」というのもヴィーゲランの作品で、こちらはかわいかった。
両方ともオスロの写真にアップしてあります。

知らないだけで、世界にはひと目だけでも見ておきたい、芸術が確かにある。
ヴィーゲランも旅にでるまではまったく知らなかった。



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