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            日常の風景   NO.0108
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朝の露天風呂

朝の目覚めは悪くなかった。
かなり飲んだはずなのに、酒は翌日にまで持ち越さなかったようである。
寝起きの浴衣の乱れを整えると、
まだ生乾きのタオルをつかんで、屋上の露天風呂に向かう。

露天風呂は、男湯と女湯ののれんが、昨夜とは入れ替わっていた。
なかなかいいシステムを採用するようになったものである。

湯船は、ふたつ。
土俵のやぐらを思い出させるような屋根のついた湯船と、
ぼこぼこと絶えず白い無数の気泡が湧き出ている、ジェット風呂。

広さは、夕べ入った露天風呂の半分ぐらいだが、
それでも、充分に広い。
風よけのために、回りに透明の強化ガラスの囲いがある。

湯船にからだを沈めると、ガラスの向こうは朝焼けの青空が広がっている。
湯船のふちに腰をかけると、加賀平野の遠望と、その向こうに日本海がうっすらと見える。
湯船から立ち上がって下をみると、山代温泉の町並みや湯煙が見える。

まるで、空中楼閣のような露天風呂。
ふと映画「千と千尋の神隠し」のお風呂屋さんを思い出した。

先客が4人いた。
ジェット風呂から、中年のサラリーマンらしいふたりの会話が聞こえてきた。
地元のおでん屋の話とか、やきとり屋の話とか、
いかに安く、うまい酒が飲めるかの話しばかりしていた。

わたしが想像するのに、昔の、このクラスの温泉旅館の露天風呂でなら、
「夕べの芸者、駒千代、いきなええ女やったね、ここらの温泉芸者にしとくのは惜しいぐらいや」
とか、
「こないだの契約1億2000万円でほぼまとまってたのに、向こうの専務から横槍が入って
なんとか1億以内で押さえてくれだって。企画書もういっぺんやりなおしや」
ぐらいの景気のよい会話が交わされていたに違いがない。

ふたりがまた、あらたに湯船に入ってきた。
日焼けか、それとも酒やけというべきなのだろうか、ふたりとも浅黒い。
ひとりは皮膚のたるみが目立っているし、
もうひとりは、お腹のまわりに脂肪がたっぷりとついている。70才前後に見えた。

「ことしのあかがれいどうな」
「どうもこも、毎年減る一方やがな」
まだ、現役か、引退しているのかよくわからないが、ひとりは地元の漁師さんのようである。

「昔はサバでもアジでも海が盛り上がるほど取れたもんやが」
「今はどうな、少のなったんやろな」
「少のなったも何も全然だめやが、もう漁師では喰っていけんごとなった」

ガラス越しの朝焼けをぼんやりと眺めながら、
興味のある話だったので、ふたりに背を向けながら、うしろに聞き耳をたてていた。

「クジラが悪い」
ひとりが、突然大きな声で切り捨てるようにいった。
「クジラはあんなどでかい、どんがらしおって、喰うもんは、こんな細かい魚ばっかしや」
「・・・・」
「越前沖でも、昔は絶対に見んかったクジラをよう見ることなったが、
あいつらすぐにおらんようなってしまう。通過するだけなんや。喰うエサがないんや」
「・・・・」
「調整せんと、共倒れや」

「ほんまにアメリカは・・・」

アメリカということばは、漁師さんにとって、外国というような意味であったろうが、
最後に漁師さんがつぶやいたことばが、いつまでもわたしの耳に残った。



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sceneryの風景

給食に出てきたクジラの肉は、油気がなく、パサパサでうまくなかった。
夕食のおかずにでできた、さいころ切りされた、クジラの佃煮もまずかった。

それでも、牛肉などはほとんど口にできなかったわたしたち世代の栄養を
ささえてくれたのはクジラだったのかもしれない。

他国の食文化をあたまから無視して、
特定の動物だけを特別扱いしてかわいがる、外国の動物愛護団体の行動が理解できません。
たぶん、すごくいい運動をしていると思っているのでしょうね。

必要以上にクジラを保護することによって、
クジラのエサになる魚のことはどう思っているのでしょうね。
困っている漁師のことなどには、あたまから眼中にないのかもしれません。

「ほんまにアメリカは・・・」という漁師さんの声は、いろんな意味で、
偶然だとは思いますが、世界中の庶民のつぶやきのような気がしました。

「日常の風景」たぶんこれが今年で最後の配信です。
みなさまよいお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いいたします。



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