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            日常の風景   NO.0106
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人間ドック2

形から入るという表現がある。
実体はないのだが、まず、表面的な形式を整えてしまうと、
それにふさわしい実体もあとからついてくるというような意味だろうが、
かなりの真理が含まれていることばである。

好ましい形を整えて、実体がそれに相応しくなれば、すてきな方法なのだが、
好ましくない形でも、それが真理になってしまうので、
怖いような法則でもある。

胃カメラのショックが何となくあとをひいていた上、
病院の飾り気のない検査着で身を包み、
クリーム色のパイプで組み立てられたベッドに横たわると、
気分が沈んでくる。

食べ物に対しての不足をいうひとでは、まずないのだが、
アルミニュームのボール上に乗せられた、
薄緑色のプラスチック容器に盛られたごはん。
具の少ない、煮過ぎた生ぬるいみそ汁。
薄い黄色のプラスチック皿の焼き魚などは、食欲をあまり刺激しない。

暗い電気スタンドの明かりをたよりに、ベッドの横で、背を丸め、
もそもそと食事を摂る姿は、もうすっかり一人前の病人である。

明くる日、検査がすべて終了して、病院から開放されても、
生命力がかなり落ち込んでいるのが自覚できた。

ロールゲームにたとえるなら、敵と散々に戦ったキャラクターのパワーが
極端に落ち込んでいる状態。
このままだと「白魔法」を使うか、早く「命の泉」でも発見しないことにはダウンしてしまう。

帰り道、京都の観光名所のひとつでもある、東寺の近くを通りかかった。
五重の塔を右手に、立派な南大門から金堂が見える。

巨大な南大門がまわりからのひかりをすべて遮って、正面は暗く陰鬱な感じが漂っているのだが、
門の入り口から見える金堂は、
まるでスポットライトを浴びたように、ひかりかがやいていた。

ひかりに導かれるようにしてなかに入ると、
掃き清められた白い砂、紅葉したもみじ、たたずまいを見せている五重の塔などが、
真言密教のお寺らしい歴史的な雰囲気を色濃く滲ませていた。
「命の泉」をさがす場所としては、これ以上のお膳立てはない。

だが、完璧すぎるうつくしさというのは、ときに弱った人の心を休ませない。
ある種の息苦しささえ感じて、そうそうに足を速めようとしたとき、
境内の玉砂利の上に、青色のシートを敷き、直射日光を浴びながら、
たくましく、もりもりと弁当を食べている三人の中年の職人を目にした。

東寺の修繕をしている大工さんか、左官屋さん。
シートの上に、胡坐をかいたり、立てひざをしたり、
好きな姿勢で飯をほうばり、魔法瓶から茶を飲み、大きな声で談笑している。

東寺の玉砂利に安っぽくて、毒々しい青のシートは完全に浮いている。
大声の談笑は、歴史的な雰囲気にふさわしくない。
楽にくずした胡坐や、立てひざは、禅にも、茶道の作法にもない。

しかし飾り気のない生命力が躍動している場所だった。
思いもかけない場所で「命の泉」を見つけたような気がした。
キャラクターはこれで当分、旅がまた続けられる。

日常の、卑猥、雑然、混乱などがほんとうの意味での「命の泉」なのかもしれない。



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sceneryの風景

会社が送った請求書を支払わないという、いさましいおばちゃんと電話で話した。
請求書のあて先の住所が気に入らないというのである。

お金がないから払えないとか、待ってほしいという理由なら、
日常茶飯事なのであるが、あて先の住所が気に入らないという理由で、
支払えないというのは初めてのケースだった。

いままでの記録見ると、わたしにかかってきたのが3回目のクレームだった。

理由を聞いてみると、今までずっと市町村の合併反対運動に参加していたというのである。
ところが、最近になって、市町村の合併が行われて、○○町が××市に変更された。
だからわたし達が認めていない××市と書かれた請求書では支払わない。
元の○○町と書いてくれたら支払うと、一応の理屈は通っている。

わたしが想像するに、郷土史家だったのかもしれない。
よほど○○町という町名に歴史的な愛着があるらしい。

わたしは、このおばちゃんにシンパシーを感じた。
体制の決めたことに、具体的な抵抗をするのは、立派だと思ったのである。

職場がわたしひとりだけなら、おばちゃんの運動に敬意を込めて、
封筒に手書きで書いた請求書を送ってもよかったのだが、
コンピュータのデータは変わらないのだから、毎月、このおばちゃんだけ
特別扱いをすることはできない。同僚にうらまれてしまう。

おばちゃんに感じたシンパシーは横において、断らざるを得ない。
ゆっくりと話を聞いたり、説得する時間は限られているから、
強い口調で断らざるを得ない。

電気代も水道代も同じ理由でトラブっているらしい。
おばちゃんにしてみれば、わたしが体制側の代表である。
おばちゃんにシンパシーを感じ、ある種の尊敬さえおぼえている、
わたしが体制側の窓口。何かおかしいとは思うけど、
市民運動の具体的な現場というのは、案外こんなものかもしれない。



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