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            日常の風景   NO.0112
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節分の雪見酒

気温は極端に低い。
空から舞い落ちる小さな粉雪は、地面に落ちてもすぐには溶けなかった。
わたしの前を、傘をさしながら、飲み仲間の友人が歩いてゆく。
コートは着ているが、雪の降らない地域のひとなので、普通の革靴を履いている。

わたしは、雪国のひとだから、完全武装。
長靴を履き、ふかふかと毛足の長いフード付きジャンパーを着ている。
フードをすっぽれとかぶれば、まるでエスキモー人のようである。

ふたりが歩く歩道は、たちまち真っ白の新雪がうすく積もった。
友人の革靴の跡が、規則正しくわたしの前に刻印されてゆく。
その跡を正確になぞって、足を運びながら、ふと、いいやつだなと思った。

この雪道をふたりで歩くようになった経緯を説明すると、
わたしの、背広のポケットから偶然取り出された一枚の広告から話は始まる。

その広告は、ポストカードに印刷され、
「鬼は外、ふぐは内」のイラスト文字に加えて、
鬼の絵と、まるまると太ったフグの絵が描いてあった。
キャッチフレーズも絵もとても気に入った。

自治会役員の新年会が、この間広告の店で開かれた。
そのときにもらってポケットに入れておいたのを、酔って、すっかり忘れていたのだ。
節分に合わせ、2月の1日2日3日の3日間「フグの日」として、
フグのコース料理を5000円にすると書いてあった。

フグといえば、高級な食べ物という思い込みがあって、
いままでにほとんど食べる機会がなかった。
まして、フグづくしのコース料理なんて、まったく無縁だった。

でも、特別価格の5000円なら、一度ぐらいはいいかと、
広告を見せながら、家の相棒を誘ってみた。
「そんな、もったいない」
予想通りの答えが返ってきた。

あまりに、わたしがショボンとしてしまったのが、
気の毒に感じたのか「誰かと行って来たら」と、
つぶやくように、ちいさな声で言ったのをわたしの耳は聞き逃さなかった。

飲み友達の同僚と、フグを食べに行こうと約束ができた当日は、
朝から雪が激しく降りしきる、生憎の天気だった。

予約済みではあったが、遠くから通勤している友人があまりにも気の毒なので、
「キャンセル」「いつもの飲み屋に変更」「予定通り決行」という3つの選択肢を提案した。
雪は降り止まなかったが、彼は、予定通りに行こうと言ってくれた。

階段を上がった2階にある、京懐石の店に着くと、わたしたちが一番乗りだった。
ふたりだけの予約なので、カウンターの一番奥に通された。
椅子の横手に和風の窓があり、空から舞い落ちてくる雪と、屋根に積もった雪とが見えた。

てっ皮からはじまり、てっさ、てっちり、からあげ・・・
と続いてゆくコースのフグはどれもうまかった。

フグはなんといっても、独特の弾力のある食感が楽しい。
フグそのものは、とりたてての味覚はないのかもしれない。
でも、これほど素直な食材はめずらしい。
まわりの旨みを吸い上げて、膨らませて、歯ざわりを、味覚を別のものに錬金してしまう。

弾んでいた会話が一瞬とぎれたので、
何気なく、窓の外見ると、いつのまにか雪が止んでいる。

ここからは見えないが、屋根の向こうに、三叉路の信号があるはずである。
屋根の白い雪の上に、赤や緑の幻想的な淡い光が点滅していた。
高級ブテックのディスプレイのようだなと思った。

ふと「雪って、なにもかも隠してしまうから、いい雰囲気になるね」
とわたしが言うと、
「うちの嫁さんにも、雪をまぶせたらなぁ」
と彼が真顔で軽口をきいたので、
おもわず、カウンターの中にいる板前を始め、
料理を配る仲居さんなどがどっと笑った。

雪見酒の節分の夜。
ビールや酒はこの上なくうまいし、いい感じで時間が流れてゆく。



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sceneryの風景

今年は暖冬だ暖冬だといわれていたので、
すっかり油断していたら、
ほんとうに雪が良く降る年になりましたね。

子供の頃は節分になると「鬼は外」「福は内」
と真剣に豆まきをしていました。

いつごろから、豆を撒かなくなったのか記憶にありません。
たぶん、あまりに年を取りすぎて、
年の数だけ、豆を食べるのがしんどくなったからなのかもしれません。

それに、恵方食いとかいう、
巻き寿司をまるごと食べる習慣なども、
いったいいつごろから発生したのでしょう?

子供の頃はそんな習慣記憶にありません。
もっとも、わたしはまだ一度も食べたことはないのですが。



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