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            日常の風景   NO.0115
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タイムトラベル

彦根城のふもとに、埋木舎(うもれぎのや)という建物が保存されている。
大老井伊直弼が、青年時代、捨扶持を与えられ住んだ場所である。
その埋木舎の裏手あたりに彦根図書館がある。

図書館内は、数多くの蔵書を取り囲むように、
壁も天井も白く塗装されており、天井からの蛍光灯のひかりと、
窓から差し込む朝のひかりとで満たされていた。

透明の大きな窓の向こうには、
冬枯れの木でこんもりとおおわれた、佐和山が見える
佐和山は、関が原の戦いで敗れた、石田三成の居城のあった場所である。

彦根図書館内にある特別資料室の横手に、
6人ぐらいは楽に座れそうな机が置いてある。
重量感のある机の上に、大きな航空写真が広げられた。

終戦後にアメリカ軍が撮影した彦根の航空写真である。
ラミネート加工された写真は、白黒ではあるが、一辺が1m以上あり、
想像以上に鮮明に撮影されている。

この日、大阪から文芸仲間の古い友人が彦根にやってきた。
彦根出身のある人のことを書きたいので、
下調べに付き合って欲しいとのことだった。

中年女性の図書館員がいた。
ショートカットにさっぱりと髪を切りそろえ、
赤いとっくりのセータにジーンズ地のエプロンを小粋に着ている。

具体的な地名や、戦前の郵便局や小学校などを尋ねながら、
「そのあたり、その時期の彦根市の地図がありませんか?」
と図書館員に問い合わせたところ、
司書としてのスイッチが久しぶりにオンになったようである。
あちこちから張り切って資料を揃えてくれた。

そして、特別資料室から、10枚ほどの航空写真も持ってきてくれたのである。
「特別室には入らないでください」
「貴重品ですから、写真に指紋などは付けないでください」
などと、厳しい言葉を残した割には、わたし達を信頼してか、
すべてをまかせて、持ち場を離れて行ってしまった。

最初は、友人の調べ物にまじめに取り組んでいたのだが、
わたしの生まれた地域の航空写真を見たときから、
わたしは時間トンネルのエポックの中にすっぽりと取り込まれてしまった。

わたしが生まれ育った家もはっきりと識別できる。
この屋根の下に、2歳か3歳のわたしが生きているのだ。

もうすこし、俯瞰して見ると、現在は新興住宅地になっている
川向こうに広がる田畑は、奈良時代から続いてきた条理制の面影がくっきり残っている。
数千年間、このあたりの田畑は、戦前まであまり変化はなかったようにみえる。

郷土資料のコーナで調べものを続けているときに、
「航空写真は貴重品ですから」といわれていたのをはっと思い出した。
とりあえず返却しておこうと、その場に戻ったら、
中年の男性が、中腰の姿勢で、食い入るように、航空写真を見ていた。

きっと彼も、タイムトンネルの入り口を見つけたのだ。
わたしはしばらく声をかけずに、
彼がタイムトラベルから現代に帰ってくるまでじっと待っていた。



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sceneryの風景

埋木舎に興味がある人は、以下のURLをのぞいて見て下さい。

http://longlife.city.hikone.shiga.jp/castle/11.html

「花の生涯」で有名になった大老井伊直弼は、
14男で養子の先もなく庶子の17歳から32歳まで15年間、
この埋木舎で過ごしています。

世に出られたのは、まったく奇跡的な偶然で、
ひょっとすれば、教養のある趣味人として、そのまま埋木舎で暮らしたほうが、
幸せだったような気がします。

友人の調べ物の関係で「彦根市史」などという、分厚い何十部もある本を見ていると、
「桜田門の変」についてもしっかりとした資料が残っていました。

当日、井伊大老に従っていた供回りは26名です。
それが、18名の水戸浪士に不意に襲われ、
その場で切り死にしたのが、8名で、
残りの18名は助かっています。

しかし、市史を読み進めると、助かった人も、ここからが悲惨なのです。

300年間も戦争がなかった当時の侍は、官僚だったと思うのです。
その官僚が、何の準備もなく、突然刀を持つ集団に切りつけられた。
充分に戦えなかったのは、当然です。

ですが、生き残った18名。故郷の彦根では非難の的になりました。
7名が死罪。8名が入獄(内脱走4名)3名が処分保留、入獄前脱走、不明。
ということです。

事実だけが記述された、無味乾燥な資料ですので、かえってやりきれない気がしました。
でも、同情する人もあったようで、脱走者が多かったのは、
その所為だとも書いてありました。
ひとしずくの救いのようでもあります。

そんな訳で、折角遠くから来ていただいたのに、
Iさん、寄り道ばかりしてあまり力になれませんでした。

でも、桜田門の変、その後の方が、小説になると思いません?



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