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            日常の風景   NO.0139
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アクシデント

(138号のつづき)

なじみの店での至福のひとときを心から楽しみ、
店の大将には「えっ、こんなに安くてええの、損してへん?」とか、
将棋の相手には「こんどは負けへんで、今日は外野のアドバイスで負けたようなもんや」
などと軽口をたたき上機嫌で、店をでた。

だが人生「好事魔多し」「一寸先は闇」のたとえは、真実である。

いい気分のまま自転車に乗り、お堀端の道を走っていた。
もう、取り壊されるのを待っているだけの旧の市立病院の前を通りかかった。
建物のずうたいが大きいだけに、街灯の灯かりは充分ではなかった。

そんなとき急に雨が降ってきたのである。

鞄に折りたたみの傘は入っていたのであるが、
走っている自転車から降り、鞄から傘を取りだしてさすのは、存外に面倒な作業である。
それに傘をさせば傘が濡れる。これも嫌だった。
わたしの傘は「ささずの傘」として鞄の中にほとんど封印されている。

たいした雨ではなかったし、
そのまま、家に帰ることを決心して、自転車のスピードを暗闇のなかで上げたとき、
突如、道をふさぐようにして、人影が影法師のように現れた。

あっと、ハンドルで避けようとしたが、右ハンドルが、人影に接触し、
気がついたときには、わたしは左肩から地面にたたきつけられていた。
「大丈夫ですか」とほんとうはわたしの方が加害者なのに、
ぶつかった通行人が気遣ってくれた。

気が動転しているのと、照れもあって「大丈夫、大丈夫」と
そのまま帰宅した。

「えらい失敗や、自転車で人とぶつかってころんでしもた」
と、努めて明るい声を出したが、妻と娘には、
このヨッパライがという非難のまなざしで迎え入れられた。

左肩に痛みはほとんどない。
ただ、強打したときの、しびれるような重い圧迫感のようなものが、
ずっしりと覆いかぶさっていた。

着替えをするために、ネクタイを取り、
カッターシャツを脱いだわたしの姿を見て、
「肩の形が変やないの」と妻が素っ頓狂な声を上げた。
それまで、つんつんと尖がっていた声が、
劇的に心配モードに切り替わったのである。

あわてて鏡を見に行くと、なるほど、左右の肩の形があきらかに違う。
打撲で筋肉が腫れているというような、なめらかな変化ではなく、
ポコンと異物が出ているような、ぎこちのない変形である。

左右の肩の形がちがう。これは、ちょっと衝撃的だった。
ひるむような気分のまま、しばらく鏡の前で呆然と立ち尽くしていた。

駆け込んだ救急外来の当直医は耳鼻咽喉科の先生だった。
レントゲンを見ても、よくわからないらしく、
レントゲン技師から、怪我の程度を耳打ちされていた。
頼りなかったが、誠実で正直そうな先生のように思えた。
先生は、わたしに湿布薬を肩に貼り、三角巾で腕を吊るすよう指示した。

診察がはじまる月曜日まで待って、改めて整形外科に行くと、
「ああ、これは肩の骨が折れていますね。すぐに手術が必要です」
と、あっさりと宣言され、その場で入院ということになった。



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sceneryの風景

骨折をする人なんて、滅多に見ませんよね。
ところが、人口11万人の彦根市の病院には、そんな患者がいっぱいいました。
これにはちょっと驚ろかされました。

特に今年は大雪の関係で、彦根はたいした雪でもなかったのに、
やはり、道でころんだとか、溝に落ちたとかいった、
高齢者の事故が例年よりはずっと多いということでした。

整形外科の入院病棟は、いつも万床で、
手術と決まっても、手術の予約がすぐには入らず、順番待ちなのです。

怪我をしたのが金曜日、外来で正式に診察が受けられたのが月曜日。
骨折がわかってからも、手術まで4日ほど待たされました。

骨折しているのに、ただ待たされているという4日間が一番嫌でした。



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