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            日常の風景   NO.0133
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ある夜の風景

「お食事ですよー」という声に、
ベッドで横になり、夢中になって読んでいた本から、目を離し、腕時計を見る。
17時30分だった。

一泊での人間ドック。
一日目の検査がすべて終了したのが、15時前。
すぐに宿泊用のベッドに案内された。
わたしの部屋は、4階にあり、5人部屋だった。

真ん中に通路があり、左側にロッカーと2つのベッド右側に3つのベッド。
プライバシーを囲い込む長いカーテン。
ベッドの横に小型で簡素なテレビ。
それ以外はほとんどなんにもない。

夕食をはさんで、就寝が9時。
それまで、することも何もない。

「退屈ですね」という声を残して、
同室の残りの4人は、10分も経たないうちに、
検査着を脱ぎ捨て、私服に着替えると、外出した。

わたしは、今までの経験から、強制的に与えられる、
この、シンプルに何んにもすることがない時間の貴重さを自覚していた。

そのときに備えて、
角田光代の「対岸の彼女」という小説を持参していた。
わたしの相棒が熱心に読んでいた本を拝借してきたのである。

夕食を終える頃には、病室の窓ガラスには夜の闇がべったりと貼りつき、
点々と続く平面的な夜景が見えた。
生活のために、それぞれの家からこぼれてくる灯かりは、
平凡だったが、あるぬくもりのようなものが感じられた。

廊下を挟んで、反対側にあるトイレの窓からは、
対面のビルがよく見えた。
1階と3階に明々とした蛍光灯がともされている。

3階のフロアーは体育館になっていた。
エアロビクスの練習をしている女性の後姿が見える。
タイツからはみ出しそうな大きなお尻と足の動きだけが見える。

本人は音楽に乗り、鏡に向かって楽しく踊っているのだろうが、
音楽のまったくない聞こえてこない、後ろから見たエアロビクスは奇妙である。
左右に素早く移動し、腰をひねる。足をぴんぴんと無理に動かし続ける。

何かに追われているような、現代人のあせり、哀しみのようなものが
後姿の残滓として残った。

1階の部屋からは、管理者の姿が見える。
大きな机に、肘掛の椅子。机の上で適度に散乱している書類。
上から見下ろす位置なので、やや薄くなった頭髪までが、はっきりと見える。

先ほどから、まるでなにも仕事をしていない。
管理するのが仕事なので、何かの管理をしているのだろうが、
彼は、隣のビルから、毎夜こうしてみんなに観察されているのを多分知らない。

管理をするものが、上から監視されている。
こんななんでもない事実が、
現在社会の不安、こころもとなさを案外象徴しているのかも知れない。



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sceneryの風景

わたしは、NHKの「週間ブックレビュー」という番組を見るのが好きだ。
読書好きの識者が、最近読んだ本の感想を述べ合う、いい番組である。

何となく、番組を見終わると、自分でもその本をパラパラと読んだような気がする。
だが、実際に手にとって読むことはほとんどない。
紹介される本のほとんどが新刊書なのである。

わたしは、本は図書館で借りて読むのを基本にしている。
本ぐらい購入しても安いものだが、もう二度と手にしない本が、
本棚にたまってゆくのが目に見えている。
しかも、購入してしまうと、いつでも読めるということで、なかなか読みきれないのも事実である。

その点、図書館は期日が決まっているし、
海外旅行のガイドブックなどもほとんど買ったことがない。
どうしても、最新の情報が必要で、購入したときは、
旅行から帰ってくれば、ネットオークションですぐに売却してしまう。

話しは横道に逸れたが、本文に書いた、
角田光代は新進の若手女流作家である。
「週間ブックレビュー」にもたびたび取り上げられているので、
そのうちに読んでみたいと思っていた作家である。

読み終わった感想ですが、
女性の真の友情が基本的なひとつのテーマです。

現代の高校生の悩みのひとつである、所属する友人のグループ関係なんかも、
その緊張感がよく描かれていました。
でも作者は、このような友人関係には、求めているものはなにもないということを
見事な切り口で、断罪してゆきます。
多分、文体もそうですが、小説の構成が巧みなのです。

わたしは、この小説、女性にはお勧めです。
相棒が「よかった」とひとこと言ったのもよくわかりました。

しかし、女性が個性的で生き生きとしているのに比べて、
男は、ステレオタイプ化したダメ男ばかりで、
もうすこし、どうにかならないのという感じもしました。

男性の作家には、逆の立場で書こうとしても、絶対に書けない作品だと思います。



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