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            日常の風景   NO.0129
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カード紛失事件

プラハ城からの長い坂道を下り、
有名なカレル橋にさしかかる頃になって、
雨は本降りになってきた。

いつも橋の上に姿を見せているストリートミュジシャンは
早々に店じまいをし、
名物の似顔絵書きや絵画売りも、絵に分厚いビニールをかぶせ、
本人はずぶぬれになりながら、恨めしそうに空を見上げている。

三つ折りの小さな傘では降りしきる雨を防ぎきることはできず、
肩の辺りが肌寒く感じるほどに濡れてきたので、
観光はそこで切り上げて、宿に戻ることにした。

宿といっても、ホテルではない。
家具つきの賃貸しアパートメントと呼ぶのが正確で、
建物それ自体もそうとうに年期が入っている。

それでも、3階にある部屋に帰り、ベッドに大の字になって寝っころがると、
つかの間でも我が家という気分になり、ほっとする。

一呼吸おいて落ち着いたので、
湿ったズボンや服を着替えようとして、はっと気づいた。
いつもズボンの尻ポケットに入れておく、
クレジットカードの入ったちいさな財布が見つからないのだ。

携帯していた鞄、あらゆるポケットを何度探しても見つからない。
愕然として、青くなった。
財布には、2万円余りのユーロも入っていたが、
これは何とか諦められる。

問題はクレジットカードである。
現金だけなら、失くした金額だけの損失で済ませられるが、
クレジットカードは、損失がいくらになるのか無限定なだけに、
一刻も早く事後処理をしたい。
時計を見ると、日本時間は午前の2時である。

アパートの女主人は1階でレストランと飲み屋も経営していた。
まだ40代ぐらいで英語が堪能な利発そうな女性だったので、
トラブルを説明し、国際電話を掛けたいと相談をすると、
近くの郵便局に行くように言われた。

そして、不思議なことにパスポートを預かりたいと言い出した。
よく聞いてみると、いいにくそうではあったが、
わたしたち状況を見て、部屋代の支払いを心配したらしい。

しかたなく相棒のクレジットカードで清算を済ませると、
途端に機嫌がよくなった。
女主人の機嫌はよくなったが、わたしの機嫌はよくならない。

19時過ぎ、雨の中、出かけて行った郵便局は勤務時間外で休み。
レストランに戻り、コレクトコールで電話を使わせて欲しいといっても、
嘘か本当か、国際電話には使えないと断られ、
またもや、24時間オープンしているという別の郵便局の地図を描いてくれた。

話しにならないので、公衆電話の場所を聞くと、
偶然、レストランのごく近くにあった。
小銭がたくさんいると思い、チェンジをたのんだが、これもダメ。

なかばあきらめの心境で、とぼとぼと公衆電話にたどりついた。
手持ちの小銭がほとんどないまま、とりあえず電話してみようと、
コインを投入しようとしたが、故障しているのか、コインがうまく入らない。

疲れきって、深くため息をついていたとき、
ふと、見慣れたクレジットカードの図柄が描かれたちいさなサインボードに気がついた。
読んでみると、クレジットカードも使用できる公衆電話らしい。

一筋の希望にすがりついて、試行錯誤すること20分。
やっと相棒のカードで日本に国際電話がつながった。
カード会社にトラブルを説明して、カード機能が無事に停止できたときは、
プラハの夜の、疲労、混乱、惨めさが一気に吹き飛んだ。

レストランに戻り、女主人にトラブルが解消したことを伝えると、
満面の笑みで迎えてくれた。
食欲はなかったが、カウンターに座って、生ビールを注文する。
大ジョッキー一杯、日本円で125円。
信じられないほどに安くうまいビールだった。



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sceneryの風景

四国の友人から、メールで知らされて、はじめて気がついたのですが、
作者も知らないうちに「日常の風景」が、ウィークリまぐまぐで紹介されていたのですね。
急に読者が50人ほど増えましたので、不思議に思っていたのです。

あたらしく、読者になっていただいた方。
今後とも日常をマイペースで書き続けてゆきますので、よろしくお願いいたします。

印象的な旅の日常は、トラブルの話しが多いですね。
ほんとうは、雨の降っているカレル橋の表情がおもしろかったので、
こちらをメインに書こうとメモをしておいたのですが、
やはり、書き始めると、カード紛失事件の方が鮮烈な印象でした。

カードを紛失したのは、完全なわたしのミスだと思います。
プラハ城に続く坂道のレストランで昼食を摂ったとき、
クレジットで支払ったのを覚えています。

支払いを済ませて、サインをしたとき、
ペンを持つのに、多分財布をテーブルに置き、
生ビールのほろ酔いも手伝って、そのまま忘れたのでしょう。

大体、わたしはのんきで、忘れっぽくて、うっかりミスが多いのです。
それをカバーしてくれていたのが、しっかりしている相棒です。
だから、パスポートとか航空券とか、大切なものは、
すべて相棒に預けることにしています。
今後は、クレジットカードも預けた方が安心だと、猛反省しています。

西欧の人々は、旅人に対しては、日本人よりずっと親切です。
地図を広げているだけで、
「何かお困りですか?」と向こうから声を掛けてくれることも、
めずらしいことではありません。

ただし、こと金銭がからめば、日本人よりはずっとドライです。
プラハの宿の女主人の態度も、とりたてて不親切とはいえないと思っています。



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