*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0137
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

なじみの店

「居酒屋ゆうれい」という今から10年ぐらい前につくられた東宝の映画が、
何となく好きだった。
確か2本製作されて、最初の作品がが、萩原健一、山口智子、室井滋等が演じ、
「新居酒屋ゆうれい」は館ひろし、鈴木京香、松阪慶子が演じた。

内容は他愛もないもので、下町で居酒屋を営む男と後妻の話である。
後妻をもらわないと約束した夫への恨みで、
この世に出てきた亡き前妻が繰り広げる幽霊コメディだった。

わたしがこの映画を気に入った最大の理由は、居酒屋の雰囲気だった。
縄のれん、赤提灯、ガラスの引き戸、板張りの床、メニューが殴り書きしてある壁、
コの字型の広くないカウンター。
煮込みをはじめとする、おいしそうな酒の肴。

そしてなにより集まってくる客がよかった。
常連の顔なじみばかりで、飛び交う会話はあたたかく、
まるで、村松友視の小説を読んでいるようだった。
会話がさりげなく、それでいて練りに練り上げられていた。

こんなすてきな雰囲気の居酒屋があれば、どんなに楽しいだろうと、
いつも思っていたが、それが職場の案外近くにあったのである。

あったというか、店は昔からそこにあったので、
その店の常連客に、わたしの顔を覚えてもらえたという方が正しい。
少なくとも一年ぐらいはかかったように思える。

その店は、居酒屋ではなく、ちいさなお鮨屋さんだった。
夫婦で経営をしていて、7.8人も座れば満席になってしまうカウンター。
カウンターの後ろに、将棋盤ぐらいのちいさなテーブルが2つ、
窓にへばりつくようにして置かれている。

この店が、飲み助のわたしの目にとまらなかったのには理由がある。
店の暖簾の前には、いつも「ただいま準備中」の板切れがぶら下がっていて、
店の看板にあかりさえも灯されていないのである。

60過ぎで無口な職人気質の主人は、鮨ネタの下準備に16時過ぎからとりかかる。
17時前になると、まだ準備も整っていないのに、
退職して仕事のない暇な飲み助が、カウンターに座りはじめる。

そしてそのまま、開店の頃にはほぼ満席になってしまうのである。
「営業中」にひっくり返されることなく、
「ただいま準備中」の板切れはいつもそのままである。

腕のよい無口な主人と口の悪い女将さんとのコンビは絶妙で、
肝っ玉母さんのような太目の女将の口調は歯切れよく、
客をボロクソにこき下ろすが、決して傷つけることはない。
店に笑いが絶えることがなく、とにかくいい雰囲気なのだ。

ビールも大瓶が出され、日本酒も焼酎も安く、鮨ネタは新鮮で旨い。
常連客が平均して使う金額は、平均してひとり2.3千円ほどだろう。

わたしは一度、店に飲みに来た客が、飲み代をツケにするどころか、
主人からお金を借りている客を見たことがある。
3万円渡したのか、それとも5万円だったのか、
客にお金を貸す主人を見て、さすがの女将さんも顔をしかめていた。

もうすこし遅い時間になると、
カウンターの後ろにあるテーブルを挟んで、将棋や囲碁が始まるときがある。
テーブルには、将棋の升目がひいてある。

その日わたしはなじみ客のひとりといい気分で将棋を指し始めた。

(つづく)



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

ほんとうに久しぶりの配信になりました。
理由があったのです。肩を骨折して、手術を受け、40日間ほど入院していました。

骨折した顛末を、日常の風景に発表しようと、書き始めたのですが、
飲み屋のはなしを書き始めると、根が好きなんですね。
酔ったようになって筆が止まらず、まあいいかと飲み屋のはなしになってしまいました。
続きは次号で報告します。

とにかく今は自宅療養の身分です。
人生、一寸先に何が起こるかわかりません。
お互いに気をつけましょうね。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『メルマガ天国』 (マガジンID: 8289)   http://melten.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『Ransta』 (マガジンID: 2403) http://ransta.jp/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------