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            日常の風景   NO.0136
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タチソ見学

道路と山との間に小さな田んぼが続いていた。
山から押し出されて、道路にせき止められて、縮んだように見える小さな田んぼだった。
その田んぼと、山すそとの境界線に、トタン板や木切れでつくられた
柵のようなものがうねうねと伸びていた。

「あれは、猪垣(ししがき)と言って、猪よけです」
タチソを案内してくれる、Oさんが説明してくれた。

「タチソ」という耳慣れないことばは、
旧陸軍が使っていた暗号で、「高槻地下倉庫」の頭文字をとったものだ。
O先輩は「タチソ戦跡保存の会」の会長でもあり、
反戦の立場から、機会を見つけては、こうしてタチソの跡を案内しておられる。

人生の残り時間がなんとなく気になりつつある男女が半々、
総勢8名が川沿いの道を進むと、採石場に行き着いた。
ごろごろと大きな石が積んである横手をすり抜けて、山道に入る。

深いブッシュが続き、木があちこちで倒れたままに放置されている、
山道というよりは、どちらかというと、けもの道と呼ぶほうがふさわしいのかもしれない。

タチソへの入り口は、なんの予告もなく、突然に現れた。
山の斜面にぽっかりとした黒い穴が開いている。

入り口に、案内板や説明板が設置されているわけでもなく、
手入れされていない細い杉がひょろひょろと立ち、
強風でなぎ倒された、倒木がまわりに散乱していて荒れた感じだ。
やはり、案内する人がいないと、ここにたどり着くのは容易ではない。

ペンライトを点し、地底へと傾斜している湿った土に足を滑らせないように、
恐る恐る、タチソの中に身を入れる。
中は案外に広い、セメントや木板で、トンネルを補強してある部分もある。

しかし、戦争の痕跡のようなものはまったく見当たらない。
ただの真っ暗闇の洞窟である。
鍾乳洞の洞窟に入ったときと感じは似ているが、鍾乳洞ほどの変化もない。
案内してくれているO先輩には悪いと思ったが、まるで天然記念物を見ているようだった。

そんなときである。
暗闇の足元に花束を見つけた。
透明のセロファンにきちんと包まれ、花屋さんで購入した花束だった。

花びらはもうない。
何の花かもわからない。
いつごろから、そこに置かれたものかもわからない。
暗闇の地底でペンライトに浮かび上がった花束は、なにかの象徴に見えた。

多分、タチソが建設されている時に亡くなった韓国人・朝鮮人の
子孫たちがささげた花束に違いない。

ここに来る前に、見せてもらったタチソのビデオで、
「いちばんかわいそうやったのが、結婚して3日目に強制的に日本に連れて来られたやつやった」
もうかなりの老人の韓国人が、証言していた声が耳の奥で聞こえた。



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sceneryの風景

タチソの見学に行ったのは、実はもう1ヶ月ほど前のことです。
案内してくれたOさんは詩人で、古くからの知人です。
タチソの見学を「日常の風景」に書きますと、なんとなく約束したような形になっていました。

メモもしておいたし、すぐにも書くつもりだったのですが、
あわただしかったのと、怠惰が理由で、書くことができませんでした。
だから、この136号は去年から持ち越し、気になっていた宿題でした。

終戦の間際に、タチソ建設の作業員として全国から朝鮮人が集められました。
その数は米軍資料で、三千五百人という記録があります。
数百人が強制連行されてきたという証言もあります。
北朝鮮より先に、日本も拉致を行ってきたという事実もしっかりと認識する必要はあります。

当時、学生や住民も働かされましたが、
最も危険で過酷なトンネル開削部分で働かされたのは、朝鮮人で、多数の死傷者が出ました。

タチソに興味のある方は、「タチソ」で検索してみてください。



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