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            日常の風景   NO.0132
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夕焼けと喚声

もうすぐ終業のチャイムが鳴る。
なんとなくほっとするひととき、
廊下の窓から、いままでに出会ったこともないような夕焼けを見た。

比良の稜線から、荒れた海の波を思わせるような、横に走る雲が、
うねうねと重なるように伸びていて、
ところどころ真っ赤に染まっているのだ。

刷毛で掃いたような、細く長い雲が、
黒い雲に混じって、異様な赤さに染まり、横に伸びている。
まるで、ムンクの叫びのような雲である。

赤い雲は、徐々に黒い雲と交じり合って、
稜線の端のほうは、淡い紫色に変化していた。

理由を説明することはできないが、
ひと目見るだけで、人の不安感を刺激する雲。
多分人間の長い進化のなかで、
DNAに組み込まれてしまった胸騒ぎなのかもしれない。

鳥達も、異変を察知したかのように、
ざわざわと騒がしい。
信じられないほどのカラスの大群が、せわしなく移動している。

嫌だな、不吉だなと気分が沈みかけていたとき、
彦根城のふもとにある、高校のグランドから、
勢いのある若い喚声が聞こえてきた。

「オーライ、オーライ」
「もういっちょう」
「よーし」
という掛け声の合間に、
バットがボールをはじき返すカキンという乾いた音が矢継ぎ早に聞こえてきた。

人生の盛りをすぎて、訳もなく不安を覚え、
しごとの疲れをかかえたまま立ち尽くしているわたし。

それに比べて、
なんという、若い生命力に満ちた空間なのだろう。
若者の喚声が、わたしの不安を徐々に吹き飛ばしてくれた。

カラスの大群もいつの間にかどこかに消え、
小鳥達が数羽ずつ、ねぐらに向かって真っ直ぐに、
夕暮れの空を飛んでいった。



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sceneryの風景

昔からの文学の仲間である詩人集団の総会が神戸の須磨でありました。
わたしは詩人ではありませんが、
長い間雑誌などをいっしょに発行してきた仲間ですので、
泊りがけのその総会に参加しました。

もし、興味がありましたら、当日の写真がありますので見て下さい。

http://www.imagegateway.net/a?i=4mIhaKxnTo

私たちの先輩からずっと数えてゆくと、
なんと、結成して50周年ということになるのだそうです。
残念ながら、50年を区切りとして、その歴史を閉じる総会になりました。

しかし、全国から元文学青年、元文学少女が多数集まってきました。
結成50年を記念して作成した詩集の合評会を2日に分けて行いました。

久しぶりに、ことばに対して真正面に向き合いました。
緊張感あふれる、そのやりとりは、元という接頭語をとっぱらって、
みんな昔の文学青年、文学少女の時代に戻れたのかもしれません。

わたしにとって印象的なやりとりがありました。
90歳を越えた、お母さんを、お見舞いに行く詩でした。
お母さんは、もう多少、認知症の気配が見られます。
「あんたの名前なんだった?」と聞くのです。
それでも、母親は笑いだけは忘れません。
何度も何度も同じことをいいあって、一緒に大笑いをして、
作者はそっと帰って行きます。
素敵な詩でした。

この詩の感想を求められたある人が、
「わたしにはこのような詩は書けません」と
きっぱりと言い切りました。

彼女も介護が必要な母親をかかえていました。
そして、妹もいたのです。
「いい妹なんです」と彼女は続けました。
「もし、わたしの妹なら、こんな詩を書くのだろうなと思って読んでいました」
ひと呼吸おいて、
「ときどき、帰ってゆく妹の後姿がうらやましくなるんです」

彼女は多分、今後とも介護の詩を書くことはないだろう。
でも、グチをこぼす訳でもなく、
誰かの悪口をぶつけるわけでもなく、
「ときどき、帰ってゆく妹の後姿がうらやましくなるんです」のひとことで、
余すところなく、すべての背景、複雑な感情などを話しきった。

間違いなく、彼女は詩人だし、詩人てすごいなと思いました。



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