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            日常の風景   NO.0143
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病院そして夜桜

ちょっと贅沢だとは思ったが、近江牛のステーキを頼むことにした。
貴重な近江牛にしては、値段がおどろくほど安かったからである。

目の前には、炭酸のちいさなアワが泉のように湧いている琥珀色の生ビールがある。
約2週間ぶりのビールは、キリキリとよく冷えていて
わたしの喉がまるで砂漠にでもなったような勢いでしみわたってゆく。
料理が出来上がるまでに、注文した生ビールはほぼ空になってしまった。

出来上がった近江牛は、わたしが予想した半分ぐらいの大きさだった。
ステーキと呼ばれる豪快さには程遠い。
まぐろのさしみでもさばいたかのように、一枚一枚が薄く丁寧に切ってある。

もう一杯生ビールを注文しながら、肉片を口の中に入れる。
柔らかくて、肉汁の旨みがたっぷりで、味は言うことがない。
ミディアムレアーに焼き上げられた肉色も中央部は鮮やかなピンクで、
つい先ほど彦根城で見てきた、夜桜の花びらそのままの色だった。

日曜日で、桜は満開。
それにもかかわらず、人出はあまり多くなかった。
風がすこし強くて、寒く感じられたのが、市民を出不精にした最大の理由なのだろう。

実のところ、わたしも相棒も出かけるのを迷った。
でも、今朝、病室のみんなに口にしたひとことを思い出して、出かけることにした。
「今年は花見もなにもなかったさかい、今夜はラストチャンスや。
花の下にゴザを敷いて、缶ビール、思い切り飲むのを楽しみにしてる」

うらやましそうな、妬ましそうなちいさな喚声とどよめきが、
一瞬病室に満ちたが、後はわたしのことばをきっかけに、
花見談義、飲み談義がにぎやかに始まった。

水銀灯に照らし出された、満開の桜をながめていると、
今朝まで、病院に入院していたということが信じられない。
たった半日前のことなのに、ずっと遠い昔のはなしのような気がする。

「お変わりありませんか」
「よく眠れましたか」
「お食事全部食べられましたか」
「お通じはありましたか」
「体温を計ってください」
「血圧を計りましょう」
何度も繰り返し聞いてきたことばが、遠くでひびく潮騒のように時折思い出される。

ぼんぼりのひかり越しに見る爛熟の桜は、
丸々と太った赤ちゃんの白いフトモモのように見えた。

夜の闇を吸い、水銀灯やぼんぼりの灯を妖しく映したお堀の水は、
風が吹くたびにちいさな波を無数にたてていたが、
まだ桜の花びらは一枚も落ちてはいなかった。

今にも散ってしまいそうに見えているのだが、
そのときが来るまでは、多少の強風や雨にもたくましく耐える。
散り際のあざやかな桜だが、以外に強靭でしたたかな面もあると思った。



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sceneryの風景

しばらく振りの発行になってしまいました。
また入院していたのです。

1月に肩を骨折して手術を受けたのですが、
実は、それほど順調にはいっていなかったのです。

骨折した肩の骨を金属のプレートで固定する手術を受けたのですが、
不運なことに、プレートのねじが緩み、浮き上がってきたのです。

再手術ということは決まっていたのですが、
骨が固まるまで、時期はできるだけ後の方がよかったのです。
薄い皮膚の直ぐ下が、プレートですので、
皮膚はかなり無理をしていたのかもしれません。
皮膚の先端がすこし化膿してきましたので、
診察に行くとすぐに手術ということになりました。

おかげさまで今回はどうやら順調にゆきました。
しかしまだ、左腕を右腕のようには高くは上げることができません。
しばらくはリハビリに通うことになります。

でも、4月でリタイヤした身です。
暇ができて、ちょうどいい時期に怪我をしたともいえるのです。
楽天的に前向きに考えて、リハビリに取り組みます。

具体的な行動を起こすと、わずか一日でこれだけの変化があるのです。
ましてトータルとしての人生ならどれだけの差ができるかわかりません。
縁があれば、どんな機会も逃がしたくないという、
ポジティブでアグレッシブな引退生活を目指したいです。



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