*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0160
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

漫画のある居酒屋

一週間に一度、毎土曜日に彦根から大阪に電車で出かけるのが、
わたしの習慣としてすっかり定着してしまった。

あるひとに言われたのである。
「定年後は意識して外に出るようにしないと、プチ引きこもりになってしまうで」と。

このことばは、わたしにはずっしりとこたえた。
現役時代の休日のすごし方も、
3度の食事に2階にある自分の部屋から降りてくるだけで、
後は部屋にこもりきりということが多かった。

パソコンをいじったり、文章を書いたり、音楽を聴いたり、本を読んだり、楽器をいじったりして、
それなりに充実はしていたのだが、やはり毎日が休日となると、
このようなすごし方はやはりすこし問題があるだろう。

そこで、意識的に大阪にゆく用事を作った。
メインの用事は、もちろんビジネスではない。かといって、まるまる遊びというわけでもない。
いつか、その用事のことも、ここで紹介する機会はあると思います。

すっかり、大阪駅近くの、梅田界隈の様子に詳しくなってしまった。
用事を終え、夜、食事を兼ねて飲み屋にゆくのが楽しみである。
最近は、地下街にある漫画本がおいてある居酒屋によく立ち寄る。

入り口ちかくの本棚に、人気漫画が200冊ぐらい並んでいる。
本棚の上には、日本酒のとっくり、外国製の高級ブランデー、梅酒の瓶、各地の焼酎などが、
なんの脈絡もなしに雑然とおいてあるが、店の掃除はきちんと行き届いている。

カウンターがあり、カウンターの中には、ふたりの女性がいる。
スリムなママは多分50歳は越えている。
宝塚の男役のようなショートカットした髪型。
スカイブルーのTシャツ。黒いスラックスに、落ち着いた黄色のエプロン。
縁なしのめがねがよく似合っている。

姉妹なのだろうか、もうひとりの女性は、下働きに徹している。
着ている物もすべて黒。ほとんど口も利かず、黙々と働いている。
だが気はよくつくのだ。

生ビールの冷やし具合だけを簡潔にひとこと聞いてくれる。
「きりきりとよく冷えたのを」というと、ほんとうによく冷えたビールがくる。
ジョッキーをカウンターの上にしばらく置いておくと、表面が凍ってくるのだ。

「ママ、ここの勘定、ちょっと安すぎるのと違うの?」
ハンチング帽を斜めにかぶり、集金の時に使う、取っ手のある小さなかばんを
左脇にかかえた40過ぎの男が真剣に怒っている。
「そんな、安すぎるというて怒られるん初めてやわ」

わたしは、漫画を読むのをやめて、客とママとのやりとりに目線を移した。
漫画の世界より、実際の世界のほうがおもしろそうなのである。

わたしが大好きだった桂枝雀の「上燗屋」という落語には、最後に酔った男が、
「大将、なんぼや」
「そうでんな、ほな25銭だけもろときまひょか」
「25銭、安いな。わしは今まで、何万と飲みに行ったけど、
こんな安い店は始めてや」
「アッハッハッハ・・・・・何ぼか負からんか?」
という落ちの落語がある。
桂枝雀は「・・・・・」の部分の間が絶妙で、何度演じられてもそのたびにおかしかった。

しかし、実生活でこのような場面にでくわすとは夢にも思わなかった。
ママがどんなあしらいをするのか、興味津々なのを隠すこともなく見ていた。
「じゃ、わたしビールをもういっぱいいただくわ」
中瓶のビールの栓をぽんと開けると、自分で、コップにビールをなみなみと注ぎ、
間髪をいれることなく、おいしそうに、一息で飲み干した。

その、あまりに見事な飲みっぷりに、酔っ払いもぽかんとしてしまい、
ママに言われるだけの金額を機嫌よく支払い出て行った。
「ありがとうございました。また、お待ちしています」
小気味よいリズムとテンポがあり、まるで芝居の一場面を見ているようだった。
如何にも大阪らしいやりとりだった。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

生活に変化をつけるために、なんとなくルールを決めた。
火曜日と、金曜日はわたしが家事一切を引き受ける。
水曜日のランチは外食。
木曜日はふたりで飲みに行く。

思いつきで決めたにもかかわらず、リズムが合っていたのか、
よほどのことがない限り、一週間はこのスケジュールで流れてゆく。

だが、わたしの家事当番のときは、買い物や料理を除いて、
洗濯や掃除はあまりしない。
前日になんとなくすべてが片付いているからである。

その代わり、朝食でパン食のときは、すべてわたしが準備をする。
いつの間にか、こんなあたらしいルールが形成されつつある。

わたしは土曜日のルールを決めたのが、最大のヒットだと思っている。
実は、この時間が取れるから、生活にアクセントがつき、張りがでてくる。

今までは、会社への勤務という仕掛けがあったから、それほど意識することもなかったが、
どれだけ恵まれた家庭であったとしても、
たまにはひとりで外の空気を思い切り吸いたというのが本音でもある。

もっと、深層心理を分析してゆけば、雄の本能というところに落ち着きそうな気もする。


付録

彦根-大阪間の電車賃をなんとか安くできないかと、
インターネットを通じて真剣に研究しました。
まともな料金なら、往復で4000円弱かかるのです。

研究の結果。彦根-京都は回数券。
京都-大阪は、昼特切符というのが12枚つづりでJRから発売されています。
これらを組み合わせると、2500円強で大阪まで行くことが可能です。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『メルマガ天国』 (マガジンID: 8289)   http://melten.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------