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            日常の風景   NO.0145
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歴史街道にて

旅に出かける朝はどしゃぶりの雨だった。
能登半島をくるまで一周しようと楽しみにしていたのに、
弾むような気分がややしぼみかけていた。

ところが浅井長政の居城だった小谷城跡を過ぎた辺りから、
空が明るくなり、雨の気配は消えた。
木之本から、北国街道を通って、武生をめざした。
北国街道は、ところどころ往事の面影がまだ残っている場所がある。
道幅が狭く、趣のある民家が塀を連ねている。

しばらくくるまを走らせると、
両側から、山がせり出すように押し寄せている平坦な一本道が続く。
ふと、朝倉義景を攻めたときの、織田信長の心境がわかるような気がした。
このような逃げ場のない一本道で、挟み撃ちになればどうしようもない。
妹のお市を小谷城主である浅井長政に嫁がせたのも当然の心配りであった。

隣の助手席に座っている相棒相手に、歴史の高尚な薀蓄を傾けているとき、
「なんでこの道こんなに空いているの」
と、歴史とはなんの関係もないきわめて現実的な質問が投げかけられた。

そういえば、先ほどから、国道であるこの北国街道を走っているくるまは
わたしのくるまだけである。
対向車も、軽トラックのような地元のくるまばかりのような気がする。

先ほどよく読めなかったのだが、道路脇のちいさなディスプレイが、
がけ崩れのため・・・と表示していたのを思い出した。
一度だけの目立たない表示だったし、一直線の道はまだまだ続いているのである。
確かめようもなく、ほとんど無視して走らせていたのであるが、
さすがに気になって、くるまを停めて畑仕事をしている地元のおじさんに聞いてみた。

「あかん、木之本まで引き返しなはれ」
にべもない返事が返ってきた。
「途中どこか、間道とか脇道のようなものはないのですか?」
「ない」
簡潔で明瞭な返事である。

しかたなく、来た道を引き返す。
ずっと静かだったカーナビが途端にやかましくなった。
「350メートル先左方向です」
「もうすぐ左です」
くるまは指示を無視して逆走する。
「あたらしいルートに切り替えます」
「あたらしいルートに切り替えます」

ツキがない、失敗したという焦りの気分で聞くと、
「あたらしいルートに切り替えます」
と、何度も繰り返される女性の声が、
だんだんヒステリックにうわずってくるように聞こえる。

やっと木之本まで戻ってきた。
羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を競った賤ヶ岳を横手に見ながら、
塩津街道を通って、敦賀に向かう。
今度は、柴田勝家が雪解けをじりじりしながら待って、
兵をこの賤ヶ岳まで進めた気分が分かるような気になっていた。

塩津から敦賀までは一本道である。
カーナビからは
「この先50キロメートル道なりです」
と、やさしい声が聞こえてきた。

カーナビの女性もわたしも、お互いにほっとしていた。
「道なり」たったひとことですべてがわかる、素敵な日本語だと思った。



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sceneryの風景

日本語はきわめてあいまいな事象を、
たったひとことで言い表せる、きわめて文化度の高い言語だと思う。

もし「道なり」という言葉を英語に翻訳すれば、
「この道に沿ってゆけば、自動的に目的地に到着します」とかなんとか、
とにかくなんらかの説明が必要になってくる。

その点日本語はいいですね。

話はかわりますが、さだまさしが大ヒットさせた
「関白宣言」という歌は誰でもご存知だとは思いますが、
その関白宣言に続きがあるのを知っておられるでしょうか?
「関白失脚」という歌です。

お前を嫁にもらったけれど
言うに言えないことだらけ

ではじまる歌なのですが、メロディは「関白宣言」とほぼ同じです。
これも傑作です。歌を聴きながら思わず大笑いをしてしまいます。

「関白失脚」のなかにこんな歌詞があります。

仕事もできない俺だが
精一杯がんばってんだよ
俺なりにそれなりに

「がんばってんだよ、俺なりにそれなりに」
たったこれだけの歌詞の中に、すべての状況が説明されています。
わたしはこの曲を聴く度に、日本語はすばらしいとつくづく感じます。

みなさんも機会があれば「関白失脚」も聞いて見て下さい。
ずいぶんと昔の歌ですから、もうCDを手に入れるのも難しいとは思いますが・・・



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