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            日常の風景   NO.0150
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シェムリアップで迷う

カンボジアのシェムリアップという町の名を知っている人は少ない。
現にわたしも旅に出るまでは知らなかった。

しかし、アンコールワットなら誰もが知っている。
シェムリアップはアンコールワット観光の足がかりとなる、
まるでベースキャンプのような役割の町である。

シェムリアップという町名の由来は、
シェム・リアップ、翻訳すれば「タイ人・出て行け」という意味らしい。

そういえば、昔、タイのことをシャムと日本でも呼んでいた。
今でもシャム猫とかシャム双生児などが言葉として残っている。
この地域がかかえる複雑な歴史が町の名前からも推測できる。

ガイドブックを読んでも、ホテルとレストラン以外にとりたてて見るべきものがないこの町。
わたしはぜひ見たいものがあった。
カンボジアの農村、田舎に住む庶民の生活をこの目で確かめてみたかった。

わたしのちょっとした知人にプロのカメラマンがいる。
彼が切り撮ったカンボジアの農村は、どの写真もすべて、
貧しいけれども、孤独ではなく、人間関係が濃密で、あたたかく、
まるで、わたしの子供時代にタイムスリップしたような雰囲気があふれていた。

市場を通り抜け、シェムリアップ川の橋を渡り、寺院を見たり、
病院の看板に立ち止まったり、小学校に迷い込んだりしながら、
とにかく、町の喧騒から離れるということを目標にして、あてもなくぶらぶらと歩いた。

そのうち牧歌的な農村風景に出会えるだろうと、かなりの距離を歩いたのだが、
やはり、徒歩で稼げる距離というのは、たかだか知れている。
どこまで行っても、中途半端にのどかで、中途半端に騒がしいのである。
舗装していない埃だらけのでこぼこ道だけが、子供時代のノスタルジーをかきたてた。

そのうち、方向感覚を完全に失くしてしまった。
地図は持っているが、自分達がどこにいるのかそれがわからない。
とにかく、市内を横切っているシェムリアップ川にさえ出れば何とかなるので、
古い建物を改修している建築現場で、作業している主任らしい人に川の方向を聞く。

英語が通じないので、地図を見せて、わたし達はどこにいるのか?
川の方向はどちらなのかを聞くが、埒があかない。
そのうち、えらいことになってきた。
わたし達のまわりに、浅黒い地肌の屈強で精悍な建築作業員が7、8人集まってきたのである。

みんな真っ白な歯をみせて、にこやかにしているが、誰ひとり口を利かない。
ただ、わたしと、最初に道をきいた主任とのやりとりを好奇心いっぱいに見つめている。
主任もわたしの地図をとりあげたまま、地図を回したり、自分が回ったりして、
たまに知っている建物の名前や、国道を見つけると、集まっている作業員に確認している。

その間、建築現場で黙々と労働しているのは、
日焼け止めに手ぬぐいで顔を覆っている女性の作業員だけだった。
たまりかねて、一度だけ、女性が「仕事をしなさいよ」(多分こう言ったと思う)と呼びに来たが、
男達は誰ひとり動こうとはしなかった。
ひょっとしたら、あの男たちはただサボリたかっただけなのかもしれない。

10分以上その場で立ち止まったまま、
判らないなら判らないと言って、早く地図を返してほしいなと思いかけたころに、
たまたま青写真を持った現場監督が車から降りてきた。

彼に「川に行きたい」「この道で正しいのか?」と聞いた。
彼は「ノー、この道だ」と答えた。その間たった10秒。
わたしは、主任から地図を受け取りながら「オークン」(ありがとう)と主任の肩をたたいた。
彼はさすがにちょっと照れくさそうにしていた。



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sceneryの風景

アンコールワットに代表される遺跡は、実はアンコールワットだけではないのです。
アンコールトムをはじめとする、膨大な遺跡群が、その回りにひしめいています。
そのスケールの雄大さ、その神秘の深さに圧倒されます。

実は撮ってきた写真も整理して、公開する予定でしたが、
写真の公開サイトが現在メインテナンス中で公開することができません。
次の号で紹介します。

わたしが見たいと思っていた風景は、遺跡群を巡るバスの車窓から何度も見ることができました。
熱帯地方特有の高床の家は、物質的には豊かな感じはしません。
電気さえありません。ですから電柱も当然ないのです。

電柱の代わりに、緑豊かに茂ったココナツの並木が続きます。
高床の家は粗末でしたが、床の下がオープンスペースのリビングです。
地球全体がリビングの空間であり、これほど開放的なスペースは贅沢にさえ思えます。
ハンモッグが高床の下で揺れ、家族全員が集まって食事もここでとります。

ただひとつ不満だったのは、ハンモッグの上で、心地よさそうに昼寝しているのは、
例外なく、男性でした。
女性はどこの家庭でも、孤軍奮闘くるくるとよく働いていました。

こんなに平和で欲のない地域にも、やがては西欧文明の波に洗われるときが来るのでしょうね。
そして、人々は自分達の貧しさに気がつく。
女性も不平等にめざめるときが来る。

人類の歴史が何度も繰り返してきた矛盾です。
うまくソフトランディングさせるような社会科学の研究はされているのでしょうか?



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