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            日常の風景   NO.0155
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詩人の宴会

薄暗い階段の踊り場に、大きな白桃が鈴なりになっていた。
両手で持ってもまだ手に余りそうな大きさである。
もちろん本物ではない。薄明かりのなかで見ても、
一見して、安っぽい作り物であることがわかる。

わざと、通俗的でチープな店を強調しているのかもしれないが、
飲み屋のディスプレイとして、センスがいいとはお世辞にも言えない。

2階の宴会場にはさらにどんなしかけがあるのだろうと、
隠微な楽しみを内心胸に階段を駆け上がったのだが、
期待に反して、みごとに何もなかった。
そこには薄いピンクの壁と、板張りの格子戸に挟まれた10畳ほどの部屋だけがあった。

ここで宴会が開かれるのは、まれなことなのかもしれない。
だが、ここに集う詩人達は宴会には慣れていた。
店の人を手伝って、座布団を並べるもの、
3つのテーブルをセッティングするものなど、瞬時に分担が決まって、
あっという間に宴会の準備は整った。

男女総勢17名。集まった詩人はたったひとりを例外として、全員が50歳を過ぎている。
見栄を張らずに、もうすこし正確にレポートすれば、
ふたりを除いて、全員還暦のゲイトは通過済みである。
平均年齢は高いが、気は若い。
収入は低いが、こころざしは高い。そんなメンバーなのである。

北海道から四国から東京からそして地元から、詩人の総会のために、
2泊3日のスケジュールで全国から京都に集合したのである。

わたしは詩人ではないし、詩も書けないのだが、
若いときから細々と、文学というフィールドに顔をのぞかせていたおかげで、
ジャンルは異なるが、ここにいる全員とは、
昔いちどはどこかで、顔を合わせている。

宴会も佳境に入ると、Tさんが「わたし歌います」と
民謡を披露してくれた。伸びのあるすばらしい美声である。
全員の手拍子がそれに続くと、歌い手の手足がそれらしく優美に舞う。

カラオケなしの宴会で歌を聞いたのは、もう何十年も経験していない。
みんなと一緒に、手をたたいての宴会は、それ以上にもっと経験していない。

この雰囲気に、80歳はとうに過ぎている、老詩人のKさんが、
日本の童謡を、韓国語で朴訥と気分よさそうに歌う。
たぶん、人には口にできないような歴史をくぐりぬけてきたにちがいない。

隣に座ったHさんは、30年ほど前、このような宴会で、
わたしに「神田川」を歌うことを懸命にすすめてくれた。
彼はこの10年の間に、食道癌、下咽頭癌、声帯切除と三度の手術を受けている。

本人や彼の妻の病気に関しての詩を読んだことがある。
正直なところもうだめだと思っていた。
だが、こうして隣どおしで、再び酒をくみかわしている。
人生とはまったくふしぎなものである。

声帯を失くしたHさんは、小型のマイクのようなものを喉に押し当て、
懸命に話してくれた。
人工的で、ロボットがゆっくりと話すような音声は、決して聞きやすくはなかったが、
わたしは、ひとことも聞き逃すまいと、懸命に耳を傾けた。

30年前とはちがって、底抜けに楽しいばかりの宴会ではない。
それぞれ人生に対しての憂いや、晩年にさしかかった憂鬱さなども心に沈めながら、
それでもなお、青年、少女の気分がそこはかとなく甦る酒盛り。
心に強く残った京都の夜だった。



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sceneryの風景

エジプト旅行の続きを書くつもりだったのですが、
1号だけこの号を臨時に挿入します。

京都での詩人の総会の写真です。興味があれば見てください。
http://www.imagegateway.net/a?i=JkwgMaeEUJ

和気あいあいとした宴会とは違って、
詩作品の合評会になると、がらりと雰囲気は変わる。
みんな熱くて若い気分をまだ失ってはいない。
簡単に枯れてなんかはいられないのだ。

実は、ここに集う詩人のなかには、
総評文学賞を受賞した人、歌手のフランク永井が歌ったレコードの歌詞を書いた人。
自作の詩に、プロの作曲家が曲にし、それらをコーラスグループで歌う人など、
そうそうたるメンバーが揃っている。

門外漢のわたしが、詩作の批評をするなんておこがましいのだが、
そこは、また文学という共通の土俵がある。
なんとなく嬉しくて、酒にはいつも酔っぱらっていたので、
実に、青臭い議論を熱っぽく語ってしまったような気がする。

振り返ってみれば、わたしの世代は、
プロレタリア文学運動がある種の熱気を持っていた、最後の時代である。
若手の書き手といわれ続けて、後輩の書き手が誰もいないまま、
定年退職を向かえる年になってしまった。

わたしが入社した頃から、すざましい日本の高度成長がはじまり、
組織された組合が要求していた物質的な要求はすべて実現されたのかもしれない。
プロレタリア文学運動が失速していったのは当然の流れなのだろう。

しかし、物質的にはある程度恵まれた、現代のこの社会。
やっかいなこころの問題が残った。
再び文学の出番のような気がする。

”人生は友情で輝く” ここに集う詩人Tさんのけだし名言である。
細々とでも文学を続けてきたおかげで、
全国に多くの友人ができた。お金では買うことのできない豊かな財産である。
会社に所属しなくなってから、特にその思いが強くなっている。



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