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            日常の風景   NO.0170
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2980円の宿

案内された5階にある部屋のドアを開けると、
真正面に明るい大きなガラス戸が飛び込んできた。
すぐにガラス戸を開けてベランダに出ると、緑の伊豆の山が近くに見え、
左手には、青々とした伊豆の海が広がっている。

あらためて今宵一夜の宿になる部屋を振り返ると、
とてつもなく広くて、清潔で、真新しくて、贅沢なつくりである。
入り口のドアの両側に8畳ぐらいのベッドルームと、10畳ぐらいの和室。
そして和室と空間を共有している12畳はゆうにあるリビングが続き、
ベランダへと伸びてきている。

ベランダから下を見ると、桜が点々と咲いていた。
まだ満開ではない。8分咲きというところだろう。
なにしろ、ここ伊豆高原は3キロメートルにも及ぶ桜ドームで有名な、
桜の名所でもある。

桜の時期に訪れて、これだけの部屋があてがわれ、
宿代といえば1泊2食つきで、わずかにひとりあたり2980円。
訳ありなのは当然のことである。

会員制のリゾートマンションの体験宿泊というのに応募したのである。
もちろん、簡単なアンケートはあるし、
最初に箱根、軽井沢、山中湖などのリゾートを紹介したDVDを
30分ほど観るのも義務であるし、そのあと会社説明を聞くのも当然のことである。

わたしにとってこんな義務はなんでもない。
むしろ美しいリゾートライフを夢いっぱいに語っているDVDを見るのは楽しかった。
一番警戒したのは、体験宿泊が終わってからの後追いセールスである。
ネットで慎重に調べて、後追いセールスはないということも確認済みだった。

モデルルームをいくつか見せてもらい、そのあと会社説明をしてくれた若い社員は、
セールストークはそれほど流暢ではなかった。
洗練された服装でもなく、どちらかといえば朴訥な田舎の青年という感じである。
「誠実さと誠意とがにじみでている」というキャラクターを演じていた。
かなり優秀なセールスマンであるのは間違いがなかった。

説明を冷静に聞いて、分析するならば、会員になるメリットは、
有数のリゾート地に別荘を所有している大富豪のようなオーナになれるということである。
ただし、1泊当たりの費用は、高級ホテルに泊まるよりも高くつく。
これはわたしの計算であり、社員の口からはひとこともそんなことはもれてはこない。

途中で、ホットコーヒーをサービスしてくれたときに、雑談になった。
「どこからこられましたか?」
「彦根です」
「くるまですか?」
「いえ、青春18切符を使って、朝6時過ぎに家を出て、熱海まで6時間以上かかりましたね」
「それは大変でしたね」
「でも、スッキリと晴れ上がった富士山が久しぶりに見られて、よかったです」
新幹線やくるまではなく、青春18切符でと聞いた途端、
社員テンションがすこし下がったような気がした。

「明日はどこかに行かれますか?」
「ええ、久しぶりに横浜に行こうと思っています」
大室山でもなく、下田、伊東、熱海などでもなく、横浜と聞いた途端社員のテンションは
一気に下がってしまい、後半は淡々とした説明で終ってしまった。
餌だけをつつきにきた小魚で、釣りの対象にはほど遠いということが理解されたようである。

とりあえず、なごやかにとどこうりなく義務をすべて果たして、
冷たい缶ビールを飲み、持参した本を心ゆくまでゆっくりと楽しんだ。
夕食前に大浴場でひと風呂あびようと外にでようとすると、
513号と表示された緑のプレートの下に、わたしたちの名前が表札として張ってあった。
高級なリゾートマンションには縁はないが、心憎い演出だと思った。



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sceneryの風景

もし、上記の体験宿泊に興味がありましたら、以下のサイトを参考にしてください。
http://www.pvr.jp/relo01/

あたらしく、別荘でも建てようかというぐらいの余裕のお金でもある人は別にして、
旅行感覚での利用を考えている人には、結局は高くつきます。

今までに一度でも、訪問販売のセールスマンから商品を買ったり、
電話セールスにひっかかったりした経験のあるひとには勧められません。

会社も慈善事業をしている訳ではありません。
多分10組に1組ぐらいは、具体的に契約をするひとがいるはずです。
セールスはすこしも強引ではありませんでしたが、向こうはプロフェッショナルです。
何人も体験宿泊にきたお客を見ているはずです。
契約がとれそうかどうかは多分瞬時に見抜いていると思います。

わたしたちに用意されたのは一番いい部屋だったと思う。
なにしろ団塊の世代のさきがけで、去年会社を退職したばかり、
旅行好きで、夫婦で宿泊体験に訪れるという、リゾートマンションのカスタマーとすれば、
ぴったりの条件だったのですから。

あくる日に訪れた横浜も、楽しめました。
ほんとうに久しぶりの横浜だったのですが、
ハーバーサイドが再開発され、
おしゃれで洗練された空間にすっかり生まれ変わっていて驚かされました。



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