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            日常の風景   NO.0161
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校正をする

あと2日で12月だというのに、驚くほど暖かな日が続いている。
白いレースのカーテン越しに、朝陽がさしこみ、カーペットの上に複雑な模様を描いている。

わたしは、部屋にあるやぐらこたつにするするともぐり込み、
システムコンポのリモコンを手にした。
リモコンのボタンを押すと、ウィーン少年合唱団のクリスマスキャロルが部屋に満ちる。

こたつに入って、クリスマスキャロルを聴きながら、何かをする。
クリスマス前だけに味わえるこの雰囲気が大好きである。
一曲だけを静かに聴き終えると、ボリュームを極端にちいさくした。

これから、原稿の校正作業に集中してまじめに取り組まなければならないのである。
原稿は2日も前に、メールの添付ファイルで届いていたのだが、
それらをパソコン上に開いて見るのは今日がはじめてである。

全国に散らばっているNTTを退職した仲間からの作品だった。
わたしたちは、一年に一回という細々としたペースだが、
文学好きの仲間と、文芸誌を発行している。

いつもは、京都とか大阪に4、5人が集まって校正をしていた。
しかし、呑み助ばかりが集まってくるのである。
校正とは名ばかり、久しぶりの飲み会のようになってしまって、散会となる。
結局残された原稿と格闘するのは、ひとりかふたりの事務局ということになる。

今年から、校正と飲み会とは切り離すことになった。
分担して、それぞれが校正作業をしてから、忘年会なり、
ごくろうさん会なりの場を設ける。
なかなか合理的で建設的な試みである。

俳句、短歌、詩、随筆。
それぞれ、ジャンルは違っていても、作品から書いた人の生活や環境がにじみでてくる。
からだの不調、親の看護、親の死、現状の嘆き、戦争時代の思い出。
読んでいて、元気が出てくる作品はほとんどない。それぞれが重い。
いつの間にか、校正という作業を忘れて、作品を読むことだけに没頭している。

こうして年代が離れ、距離が離れ、考え方が違っていても、
知人である先輩たちの息づかいが耳元に聞こえてくる。
文学という接着剤のおかげである。

校正作業を続ける中で、
ある先輩の「いたいけな少年たち」という言葉遣いが気になった。
わたしなら「いたいけない少年たち」と表現していただろう。

自分が使い慣れたパソコン上で、校正をするというのは、大正解であった。
日本語、英語、人名、歴史など、疑問に感じたことは、
ワンタッチで答えが画面上にポップアップしてくる。
わたしのパソコンには、そのような便利なソフトが組み込まれている。
だてにプログラマーを10年間も続けていたわけではない(ちょっと自慢)。

「いたいけ」とは幼気と書く。
「いたいけ」とは幼くてかわいらしい。また、弱くていたいたしい様子である。
また一方で「いとけない」という日本語もある。幼けない、又は稚けないと書く。
年が小さい。おさない。あどけない。 という意味である。
このふたつの表現が混同されて「いたいけない」という通俗語も流通するようになった。

このようなパソコンの辞書の説明に大満足。
結局、先輩の言葉の使い方のほうが正しかったのだ。

「負け嫌い」と「負けず嫌い」のことばの変転と同じことであろう。
正反対の言葉が同じ意味で使われている。
わたしは両方とも正しいと思う。
言葉はたとえ間違った使い方であっても、世間に広めてしまえば勝ちである。

言葉の意味は絶えず変遷してゆく。
どちらを使っても間違いではないと思うが、できれば、本来意味するところは知っておきたい。
言葉をはじめ、知りたいという気持ちはいつまでも失くしたくない。
あらゆることに好奇心を失くしたときが、老いが始まるときだとわたしは勝手に思っている。

校正作業をしながら、多くの先輩たちと、いっぱい語り合えた一日だった。



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sceneryの風景

NTTは大企業だと思われているし、実際にそうなのだが、
職場の実態は、中小企業に近い。

わたしは300人以上いるビルにも勤務していたこともあるが、
そのほとんどは100人以下。職員あわせて30人にも満たないビルにも長く勤めた。
だから、実態はそれぞれが地域のちいさな会社にすぎない。

OBになった途端、根こそぎ会社との関係を断たれてしまう。
社会からも孤立してしまう。
もっとも、このような事情は他の企業も同じような気もするが・・・

30年、40年と苦楽を共にしてきた人間関係はある意味では財産であるはずなのに、
一夜にして瓦解してしまう。
せいせいしたという人もいるかもしれないが、さみしいことである。

職場にあっても、仕事以外のチャンネルをたいせつにしたい。
そうすれば、それが生涯の財産になる可能性がある。
断言するが、仕事だけの関係なら、会社の財産にはなっても、自分自身の財産にはならない。
もっとも、現在のような過酷な職場環境では、もうそのような考えは、
単なるよき時代のノスタルジーにすぎないのかもしれないが・・・。



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