*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0165
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

南十字星

ニュージーランド南島のティアナウという町は、
世界的に有名な、ミルフォードトラックやミルフォードサウンドへの
ベースキャンプの役目を果たす小さな町である。

わたしたちは、ミルフォードサウンドでの観光を済ませた後、
ここ、ティアナウで2泊することにした。

ティアナウの見所は、なんといっても南島では一番大きな湖、
美しくて大きなティアナウ湖であろう。
湖の周囲には、ふたりが横に並んでゆうゆうと歩けるぐらいの幅の
遊歩道がどこまでも続いている。

遊歩道には薄く赤みのかかったレンガが敷き詰められ、
その両側には濃い緑の芝生のような草が、短く刈り込まれて広がっている。
適度な間隔で座りやすそうなベンチが配置され、
柳の大木や、そのほかの広葉樹がやさしい木陰をつくる。

町のレストランで、遅い夕食を済ませた後、
ティアナウ湖畔のベンチに座って、夕陽が山の向こうに落ちてゆくのを、
飽きることなく眺めていた。
この季節、ニュージーランドで夕陽が落ちるのは、夜の9時過ぎである。

夕陽を眺めながら、ふと、南十字星のことを思い出した。
ガイドブックに、夕陽が落ちる方角に右肩を向け、
自然に見上げる空が南の空。
南の空が見つかれば、南十字星は見つかったも同然と
書いてあったのを思い出したのだ。

ニュージーランドに来て、約2週間が過ぎた。
ときどき、何かの拍子で星空を眺めることはあったが、
どの星が南十字星なのか、わからないままに時が流れた。

今夜が絶好のチャンスだと思った。
宿泊しているYHAの中庭に、パジャマの上に薄手のパーカーを着て、
その上にブレザーをはおるという変な格好をして外に出る。

オリオン座はすぐにわかった。
日本では冬の星座だが、ニュージーランドでは夏の星座になる。
南十字星を見つける手ががりとなる、ふたつの明るい星。
多分あの星だ。そして4倍したところにあるのが、南十字星。

最終的な確認をするために、部屋にガイドブックを取りに戻る。
相棒は、ベッドの上で荷物の整理をしていた。
「南十字星見つけにいかへんか」と誘ったが、
興味なさそうに「うーん、はっきりとわかったら教えて」と生返事。

南半球の星空を説明したガイドブックで何度も確認する。
横になった十字だが、間違いはないだろう。
オリオン座のような目立った明るさではない。
地味にひっそりとひかっている感じだ。
あれが本物の南十字星でこちらが偽の南十字星。
偽物のほうが立派で明るい十字星だ。

再び相棒を部屋に呼びに行く。
星空を見上げながら、懸命に説明するのだが、相棒はなかなか確認ができない。
わたしの手のひらにオリオン座を描き、その位置を基準にして、
ようやく確認ができた。
無数に輝く星の位置を、言葉で表現するのは難しい。

続いてにせ南十字星のことを説明しようとすると、
「もういい、もういい」とあっさりと背を向け、部屋に引き上げた。
夏とはいえ、ニュージーランドの夜は、信じられないほど寒いのだ。

だが、わたしはもっと見ていたかった。
星空のロマンに思いを馳せたかった。
ここらあたり、幾つになっても、男と女とでは、根本的に感じ方が違うような気がした。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

ティアナウのもうひとつの見所は、ティアナウ洞窟のツチボタルです。
ニュージーランドのツチボタルで一番有名なのは、北島のワイトモ・ケーブだと思います。
ワイトモ・ケーブでの幻想的なうつくしさが忘れられず、
ティアナウ洞窟のツチボタルも、ティアナウ湖を高速艇に50分も乗船して見に行きました。

真っ暗な地下にある鍾乳洞の中を、小船に乗って見学するという同じようなツアーですが、
わたしの印象は、華やかさならワイトモ・ケーブ。
より近くで見られ、より親しみやすいのがティアナウ洞窟だったと思いました。

ツチボタルのうつくしさを文章で表現するのは至難の業ですが、
例外なく、洞窟の中の小宇宙、星をイメージするのは間違いがないと思う。

地下に流れる川に、船を浮かべて、ゆるゆると真っ暗ななかを進んでゆくのであるが、
突如、幻想的なぼんやりとしたひかりが見え始める。
輪郭のはっきりしないひかりに見えるのには理由がある。

ツチボタルは自分の巣の周りに、ねばねばとした真っ直ぐな糸を張り巡らし、
ひかりを放って、小さな虫が糸に引っかかるのを、待っているのである。
その無数の糸が、斜めから見れば、ぼんやりとしたひかりに拡散して見える。

小船が群集しているツチボタルの真下にたどり着いたときは、
くぐもった歓声とも、ためいきともとれるざわめきが船内に満ちる。
洞窟のなかに星空が、星雲が、小宇宙が出現するのだ。

写真は禁止されている。もし許可されていても、よほどの高級機でないと、
写し取ることは不可能であろう。
こころのメモリーにしっかりと焼付けた、わずか5分ほどの時間を忘れることはできない。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『メルマガ天国』 (マガジンID: 8289)   http://melten.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------