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            日常の風景   NO.0162
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颯と温泉に入る

「颯ちゃん、服を脱いで」というと、
素直に両手を上にあげた。
颯というのは、2歳と10ヶ月になるわたしの孫である。

照明をすこし落とした、温泉旅館の脱衣場で見ると、
服を脱がせた裸の颯は、雪のように白く輝いている。

抱きかかえると、幼児特有の日なたのような匂いがする。
多分、母親の愛情ホルモンを刺激する、生存に必要な匂いに違いない。
肌理の細かい、突きたての餅のような、感触、弾力。
わたしのたなごころは、その当たりの柔らかさに、一種のしびれを感じている。

風呂が自慢の温泉旅館だけあって、なるほど風呂場は広々としている。
大きな湯船がふたつあって、水風呂のちいさな湯船もひとつ、別室には蒸気風呂もある。
開放的な透明のガラス窓の向こうは、よく手入れされた日本庭園が見える。

颯は湯船が浅くても、下が岩で、表面がざらついている場所は警戒して、
なかなか足を下ろさない。
多少深くても、つるりとした家で見慣れたタイルなら、安心してからだを沈める。
はじめての事柄には慎重に。これもひとが生きてゆくための太古からの本能だろう。

湯船に慣れてきたころ、颯が「おしっこ」といいだした。
おしっこをさせるのに温泉旅館の風呂場ほどふさわしい場所はない。
洗い場に連れて行って「ここで」と言うだけでよい。
場所が漠然としているのがなんとなくいい。
ズボンを下げる必要もないし、無理矢理、前に突き出すような姿勢をとらせる必要もない。

開放的で、自然体でできるのが、颯はよほど気に入ったのか、
入浴している間に、3度も「おしっこ」とわたしに告げた。
そのたびに、実際ちょろちょろとすこしは出るからふしぎなことである。

洗い場でからだを洗っていると、颯が鏡の前にあるシャンプーをプッシュして、
自分のあたまにシャンプー液をつけた。
そのまま泡立てて、わたしが颯のあたまを洗うまではよかったが、
どうしてゆすいでいいのか戸惑ってしまう。
わたしもふたりの子供の親なので、洗髪ぐらい経験は積んでいるはずであるが、
まったく思い出すことができない。

そのうち、あたまからたれてきた石鹸が、颯の目に入り、泣き出す。
あわてて、タオルで目を拭こうとしたら、石鹸がついたままのタオルだったので、
輪をかけて泣き出す。大混乱である。

わたしのひざにうつぶせにして、シャワーをすこしずつかけようとしたら、
「おじいちゃん、違うで」と自分から仰向けに姿勢を変えた。
結局、颯に普段の方法を教えてもらいながら、どうにかゆすぎを完了させることができた。

他のお客さんがほとんどいない、昼の温泉場で遊ぶのがよほど気に入ったのか、
颯はなかなか上がろうとは言わなかった。
湯船に浸かっているわたしの目の前に、タオルを投げる。
拾い上げて渡すと、笑ってはしゃぎながら今度はすこし遠くに投げる。
そして、だんだん遠くに投げ込むのである。

わたしはまるで、颯に飼われている忠実なポチのようなものだ。
だが、こんな遊びがわたしにとってもこころからうれしいのである。

ふと、晩年の豊臣秀吉のことを考えた。
秀吉の晩年の狂態は、秀頼の存在抜きには語れない。
秀頼は秀吉の57歳のときの子供だから、颯のような存在が、孫ではなく、自分の子供だった。
しかも上澄みのような、孫に近い子供のいいところだけを嘗め尽くしていたに違いない。
密室の有馬温泉あたりで、わたしと同じようなことをしていたような気がする。



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sceneryの風景

12月になれば、家族全員が温泉での一泊旅行を楽しむというのが、
我が家の習慣のようになった。
もう、4年間続いているので、ほぼ確立しつつある。

幼児に、赤ん坊がいるので、近場の温泉である。
北陸温泉が多い。ことしは、芦原温泉だった。

しかし、費用はすべて、親の負担である。
親が、費用から、段取りから、すべての面倒を見て、
なおかつ、サラリーマンで忙しそうにしている子供達に、同行のお願いをするのである。

でも、どのような形であれ、家族全員で忘年会ができるというのは、
恵まれた環境には違いない。
こころから、家族のみんなに感謝をしている。
ことし一年、ごくろうさまでした。



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