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            日常の風景   NO.0169
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障子の穴

わたしの家には1階と2階とに、それぞれ1部屋ずつ畳の部屋がある。
アルミサッシの窓の内側に、障子の引き戸があって、
それなりに、和室のよそおいは整えている。

ただ残念なことに1階の和室の障子には、
千代紙で破れ穴を塞いだ部分が2ヶ所あり、傷となって際立っている。

大小ふたつの穴。
ひとつは妻があやまって破いた小さな穴。
もうひとつは、孫の颯がちいさな手で破った大きな穴。

千代紙は花びらと、樹木の形とに切り抜いたつもりなのだが、
まったくセンスも器用さも才能もない切り方で、
丁寧に説明をしないと、何の形だか判別もできない。

補修したあとが目立つので、その和室に入るたびに、
颯は関心を示す。
「これは颯ちゃんがあけた」
「これはおばあちゃんがあけた」
妻に何度も聞かされてきたのだろう、颯は障子を指差しながら、
最近は自分で説明をする。

「おばあちゃんはうっかりとあけたんやけど、颯ちゃんは
わざと破いたんやろ、もうせんとこな」
「うん、もうせーへん」
颯はすなおにすなずく。そしてその後で
「おばあちゃん、破ると外がだんだんと見えてくるんやで」
と言ったのである。

颯のこのことばにはっとした妻は、
「わたしあのとき、頭ごなしに叱りつけなくてよかったわ」
としみじみと言ったのである。
「ほんまによかったなぁ」
とわたしもすぐにうなずいた。

3歳になったばかりの颯であるが、
そのときの状況を的確に説明できる能力がやっと育ってきたようにも感じられた。

当時のことを思い出しながら、颯の目が見たものを再現してみたい。

畳の部屋は障子が閉まっていると外がまったく見えない。
でも障子は白く輝いているし部屋は明るい。
朝陽が障子にあたっているようだ。
今日もいい天気で気持ちがうきうきとしてくる。

畳の上に1ヵ所だけ、丸くダイヤモンドのようにかがやいている部分があった。
上を見上げると、どうやら障子にあいている穴から、
きらきらひかるものが降ってきているみたい。

障子の近くに寄って、穴をのぞこうとしたが、
高くて背がとても届かない。
それでも穴の奥を見ようとして、障子に近づきすぎたのだろう。
右手の人差し指が、障子にちいさな穴をあけてしまったのである。

偶然にあいた穴からも、同じようなひかりが差し込んできた。
破れた先端の障子紙をひっぱると、
ぱりぱりという乾いた音がして、ますます視界が広がってゆく。

花壇の赤や黄色や青い花が見えてきて、
花のまわりにはちょうちょうもひらひらと飛んでいる。
「おばあちゃん、これすごいよ」と心で叫んで、
得意げに上を見上げたら、
「颯ちゃん、そんなことしたらあかんやないの」
と、おばあちゃんがとびきりの怖い顔をして僕を睨みつけていた。



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sceneryの風景

孫のことを「来てよし、帰ってよし」と表現することがあるが、
まことによくできた表現である。

1時間ぐらいなら毎日でも来て欲しい。
だがそれ以上の時間になると、体力も根気も続かないのである。

できるだけ余分なことはしたくないと思うのが常の大人に対して、
かたときもじっとしていないのが、幼児である。
その動作には何の意味があるのか、無駄な動作の連続。

しかも、大人にとって都合の悪いアクションがその大部分。
疲れるのも当然といえば当然。

しかし、2歳から3歳ぐらいまでの、
幼児の言語獲得能力には目を見張らされる。
どこで覚えるのか、複雑で陰影に満ちた日本語を、
ここというタイミングで口にする。

何十年も英語に触れているのに、
あたらしいことを覚えるどころか、
つぎつぎと忘れてしまうことの方が多いわたしにとっては、
ほんとうにうらやましい奇跡のような能力に思える。



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