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            日常の風景   NO.0173
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夜の飛行機

部屋の電気を消して、真っ暗にすると、渥美半島沿いに
細かな宝石のような電燈が点々と、夜の海に並んでいて幻想的だった。
昼間は風力発電の風車が20基ほどが、海の上に蜃気楼のように浮かんで見えたのだが、
夜は赤いランプで点滅を繰り返すだけの、ひかりのひとつに過ぎない。

三河湾に望む眺望が自慢の三谷温泉のこのホテル。
サンルームは広く、4畳半はしっかりとある。そして窓も大きい。
黒い桟でくぎられたガラスが3枚はめ込まれているが、
中央のガラスは特に大きくて、左右のガラスの2枚分ある。

星がきれいに見えるだろうと思って、部屋の電気を消したのだが、
斜め前に、薄いピンク色に塗られた、横文字のホテルがあり、
そのホテルが放出するひかりが、まるでサーチライトのように夜空に拡散して、
窓から星はまったく見えなかった。

その代わり、ひかりをゆっくりと点滅させて飛ぶ飛行機が見えた。
三河湾を囲むもうひとつの知多半島には、中部国際空港があるのだ。

相棒は、長いすに。わたしは、肘掛いすを向かい合わせにならべ、
ふたりともだらしなく寝そべりながら、
明かりの消えたサンルームで、脈絡のない話を、ぽつりぽつりと
気ままに、思いつくままに話していた。
夕食のときに、いつもより1本余分に飲んだビールが今頃になってまわってきた。

窓から見える、夜の飛行機は、ほとんど途切れなく飛んでいた。
飛行機を見ながら、交わす会話に、愛の語らいはもうない。沈黙している時間も長い。
「そういえば、むかし、こんなことがあってのう」という、
昔話に出で来るおじいさんと、おばあさんの世界である。

わたしは、もうすっかり忘れていたのだが、
電電公社に入社するために受験した当日のことを唐突に思い出して、話し始めた。
同時に、窓に映る、飛行機の点滅が人生そのもののような気がしてきた。

空港を飛び立った飛行機は窓枠の右側から、左側に飛んでいる。
右側の窓に点滅するひかりが入ったときが誕生である。
そこから最初の桟までが人生の、幼年期から少年期まで。
中央のガラスは距離が長い。これは青年期から壮年期、熟年期。
そして、最後の桟は、桟に記名されている名前までわたしのなかでは
はっきりと見えていた。「定年退職」と。

電電公社を受験した頃は、高度成長時代の真っ只中。
人生をいい加減に考えていた。就職口などはいくらでもあった時代である。
当時を思い返すと、現在の若者を真正面から批判するなんてことはわたしにはできない。
緊張感が欠けていた。
当日の朝、寝すぎて、ひと列車遅れてしまったのである。
会場に着いたときには、試験はもう始まっていた。
受験を断られるのが当然であったのに、試験官はわたしの受験を認めてくれた。

振り返って考えれば、決定的なターニングポイントだった。
それから数年後、相棒と知り合ったのも職場だったし、
もし、あのとき試験官が認めてくれなければ、まったく違う人生だったのは間違いがない。

飛行機は赤いランプの点滅を繰り返しながら、ゆっくりと最後の桟を飛び越えた。
壁の向こうに機影が消えてしまうのを、わたしは意識して見なかった。



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sceneryの風景

連休明けというのは、旅行に適している。
さわやかな季節であるのに、料金が安く、混んでもいない。

高速道路を利用せず、くるまで行けるところで、
いままで一度も行った事のない温泉という条件を当てはめて、見つけ出したのが、
蒲郡の三谷温泉。

木曜日は特に安く、1泊2食付で、8800円。一流のホテルだと思う。
多分、部屋も空いているから、いい部屋に案内してくれたのだと思う。
12畳半の和室に、4畳半のサンルーム。部屋の玄関も驚くほど広かった。
夕食もカニが一匹つくようなごちそうだったし、
隙間を狙って、自由に旅の計画が立てられるのは、定年後の最大の魅力だと思う。

ところで、部屋の仲居さんに渡すチップのことですが、
みなさんはどうされていますか?
昔は必ず渡すのが、習慣になっていたと思うのですが。

わたしは、夕食が部屋食の場合だけは、気持ち1000円だけ渡していました。
ですが、今回、部屋食だったにもかかわらず、
案内してくれた、仲居さんと、食事を運んできてくれる仲居さんが、別々のひとでした。
布団を敷いてくれる人もまた別ですし、旅館も分業化が進んできているようです。

相棒がわたしのためにお茶を入れながら、
「チップならわたしが欲しいわ」といいました。
それもそうだなと、妙に納得させらせました。
次から考えます。チップがなくてもOKというのも日本のいい習慣ですし。



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