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            日常の風景   NO.0198
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石原銀行の失敗

石原慎太郎の小説が一時期大好きだった。
「太陽の季節」で芥川賞を受賞したのが1956年のことだから、
わたしの高校時代である。まさに青春の真っ只中であった。

「太陽の季節」はあまりにも作風が斬新だったため、非常な話題になった。
普段小説を読まない人もこぞって読んだのである。
もちろんわたしも好奇心だけで読んだ。

描かれている世界があまりにも違いすぎて、
正直なところ、何が表現されているのかがよくわからなかった。
「太陽族」なる新語が流行して、石原慎太郎と石原裕次郎のふたりの兄弟が
まぶしいばかりにかがやいていたのを鮮明に覚えている。

その後に書かれた「青年の樹」「おゝい、雲!」「青春とはなんだ」などの娯楽作品は
正義感に満ちたまっすぐな青年の理想像が描かれていて、
読後感もさわやかだった。

政治の世界などに足を踏み入れず、あのまま文学者でいた方が、
よかったのではないかとわたしは思っている。
政治家としての石原慎太郎はあまり好きにはなれなかった。

しかし、今回の新銀行東京の失敗は、政治家石原慎太郎ではなく、
理想を追い求める文学者石原慎太郎の側面が強く出たつまずきなのだと感じられる。

「大銀行にもできない中小企業の支援」と「ベンチャーへの支援」を
全面的に打ち出した、銀行設立のコンセプトは確かに正しかった。

当時、中小企業やベンチャーは資金を集めることに苦心していた。
銀行からも貸し渋り、貸しはがしなどが行われ、倒産が相次ぐという状況だった。
マスコミに登場する評論家なども、一律に貸し渋りをする銀行を強く批判していたはずだ。

石原は、政府や大銀行がやらないからこそ
どうしても新銀行が必要だと強く主張したようである。

石原のロマンは既存の大手銀行にとっては「ネギをしょってきたカモ」だった。
回収できる見込みのない中小企業には
「新銀行東京という、いいところがありますよ」
と紹介して、自分たちが貸した金の肩代わりをさせた。

老練な経営者にとっては、石原のロマンを利用して、
自分たちの利益に結びつけることなど、まるで赤子の手をひねるようなものだったに違いない。

文学者の資質が追い求めた理想に文句をいうつもりはない。
それらを具体的に実践して失敗したという結果も、
責任さえ見事に取れば、ある面では立派だといえる。

だが、責任をすべて経営陣にかぶせ、自分には責任がないと言い張る石原慎太郎は、
老醜そのものに映る。
若い時に持っていたあの理想は、いったいどこに行ってしまったのだろう。
石原文学に魅かれていただけに、空虚な思いがする。



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sceneryの風景

わたしは最近、格好いい一言のキャッチコピーとか、
数行で説明できるコンセプトなどは信じないことにしている。

説得力のあるキャッチコピーを、具体的に実現しようと思えば、
必ず新銀行東京のような落とし穴がある。

国民の実際の生活は、ドラスチックには変えられないし、
また極端な変化も望んではいないのだろう。

5パーセント、10パーセントだけこの方向を目指しますというぐらいの、
具体的な生活に密着した提案を信じることにしている。

夢がなくなったといえば確かにそうなのだが、
若い頃、理想的に見えるキャッチコピーが単純に信じられた頃がなつかしい。



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