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            日常の風景   NO.0181
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精霊流し

「これ20枚ほどコピーしてくれる」と手渡された紙には、びっしりと経文が書かれていた。
何に使うのだろうと疑問に感じたが、頼まれたとおりにコピーをして返す。
コピーを受け取りながらOさんは「今日は精霊流しをするでな」といった。

わたしがボランティアとして参加している託老所「たちばな」はいつもと同じ様子で、
何かのイベントが行われるような雰囲気はまるでなかった。
確か、月間行事の予定表にも何もあがっていなかったような気がする。

「ちょっと手伝って」といわれたので、手の空いているボランティアとお年寄りとが、
Oさんの指示に従って精霊づくりをした。

浅いプラスチックの円い蓋のような容器の周りに糊をつけて、
先ほどコピーをした経文を巻きつけるのである。
よく見れば、般若心経の経文だった。

円い蓋に経文を巻きつけて、筒のようにし、なかに簡単なろうそく立てを置くと、
たちまち、それらしい精霊が次々とでき上がってゆくのが、
まるで手品でも見せつけられているような、ふしぎな感じだった。

わたしはこれらの精霊を携えて、近所の小川か池にでもみんなで出かけるのだろうと思っていた。
「次は小川の用意をするで」とOさんは、わたしをうながして、機敏に動く。
なんと「たちばな」の部屋のなかで精霊流しをするらしい。

1.5m×0.5mぐらいの木枠をふたつ物置から取り出してくると、
テーブルの上に縦に並べ、上を透明のビニールで覆う。
最後の水溜りには、小型のプールのようなものが置かれ、水道の水が流される。
プールの水には、1本のホースが水に落とし込まれている。
水があふれないように、サイフォンの原理を利用して
一定量の水が常に外に排水されるようにする仕掛けである。
これで水路が完成である。

Oさんは手を抜くことがない。
流れのなかには白いきれいな小石を入れ、花びらを浮かべ、水草まで用意していた。
プールには竹が4方から渡され、紐でまとめられ、
竹には籠がつるされ、籠の中には大型の精霊が入れられた。

「たちばな」に集うボランティアひとりひとりの、
このフットワークの信じられないような軽さはいったい何なんだろうといつも思う。
朝には影もかたちもなかったのに、たちまち、大掛かりな精霊流しが部屋のなかで始まる。

部屋の電気が消され、ろうそくに火が灯もされると、
一瞬の沈黙が部屋をおおった。
水の流れ落ちる音がリズミカルに続き、精霊の火がときおり揺らめいている。
こちら側の世界から、彼岸の世界に橋がかけられたような、素敵な幽玄の瞬間でした。



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sceneryの風景

この間のそうめん流しや、精霊流しの写真もアップしましたので、
またご覧ください。

http://www.geocities.jp/scenery_jp2/tachibana/tachibana.html

いちばん溌剌としているOさんは、実はもう70歳を越えている。
彦根市では大手のスーパーマーケットがメインの小売業に長年勤務しておられた。
このようなイベントごとにはいろいろとかかわってこられたのだ。
そのときの経験が今生かされているのは確かである。

いわゆる大企業をリタイアしたサラリーマンで、現役時代の経験、技術が生かされて、
地域社会に役立つということはほとんどない。

これはきわめて通俗的な見方だが、
大企業や公務員で高い地位を築きあげた人ほど、
よほど気持ちを切り替えて、第2の人生のスタートを切らないと、
定年後は困難で不自由な生活が待ち構えているような気もする。



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