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            日常の風景   NO.0195
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答志島

予約しておいた答志島のホテルは6階建ての建物だった。
お風呂場は最上階の6階にあった。

宿に着いて部屋に案内されれば、お茶を飲むのもそこそこにして、
すぐに浴衣に着替え、温泉に浸かるというのがいつものパターンである。

通された部屋が民宿の和室のような素朴な造りだったので、お風呂も期待はしていなかった。
だが、お風呂場に入って驚いた。
その大きさにではなく、自然光をふんだんに取り入れた明るさにである。

最上階にあるお風呂場は、ホテルの屋上にお風呂を造ったような配置で、
洗い場と、脱衣場の壁面を除いて、180度プラス90度、正面と側面とが大きなガラス張りになっている。
それに加えて、天井部分までが、透明のガラスづくりで、湯船から上を見あげれば青空が見える。
ほとんどが露天風呂の雰囲気なのである。

まだ日中の早い時間帯なので、温泉にのうのうと浸かっているのはわたしひとりだけである。
湯船には、明るい群青色のタイルが敷き詰められていた。
タイルとタイルをつなぐ真っ白なメジのラインが、流れ込む温泉の勢いで千々にゆらいでいる。
ガラス窓で屈折した太陽のひかりも、虹色になって湯船に溶け込んでいる。

まるで、深海の龍宮城を訪れた浦島太郎のような開放感がある。

冬場(ホテルの料金が安い)、
平日の(ホテルの料金がさらに安い)、
昼間から(無職である)
こうして温泉に浸かっていられるのも、定年退職した身の特権なのかもしれない。

温泉に浸かるのにも飽きてきたので、湯船に立ち上がり、島の景観を眺める。
答志島は鳥羽の港から船で約20分のところにある、漁師の島である。
先ほどわたしたちが到着した港が、すぐ眼下に見える。

港には、2人か3人乗りのちいさな漁船が100隻ほど、
ほぼ隙間なく係留されていて、壮観な風景をつくり上げていた。
伊勢湾にある答志島、東西6km、南北3kmほどの細長い島で、人口は約3000人。
ほとんどの島の人は、観光業か、あの漁船に関係のある仕事をしているはずである。

それにしても、冬場、車で旅をすると、日本海側と太平洋側とでは、
まるで天気が違う。
その落差の大きさを実感させられた。

今朝、彦根を出るとき、まわりには30センチの大雪が積もっていて、
まだしんしんと降り続いていた。
雪かきをして、車の雪を払い落とし、エンジンをかけるのでさえ大変な作業だった。

ほんとうに旅に出発できるのかという心配からはじまり、
途中もほとんどがノロノロ運転で、いつ目的地に着くのか予測もできなかった。

ところが、鈴鹿の山を越えたあたりから、嘘のような快晴になり、
雪の形跡さえほとんど残っていない。
これではやはり、生まれ育った地域によって、
人間の性格までもが支配されるのも無理のないはなしだと感じた。



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sceneryの風景

冬場に旅の計画を立てるのは、リスクが大きい。
リスクが大きくて、旅をするにはふさわしくない時期であるからこそ、宿泊は安いのである。
雪の朝の出発は大変だったが、温泉宿に着いてしまうと、
冬には冬の情緒があって、費用対効果を考えれば、最高のパーフォーマンスともいえる。

今回の答志島、旅に出かけるまでは、まったく聞いたこともない島だった。
近場の温泉で、今までに行ったことのない場所を探していると、偶然、答志島にたどりついたのである。

鳥羽の港に着いたのが、午後2時。
答志島への定期便が出るのが3時10分。
どうして時間をつぶそうかと迷っていたら「どこへ行くの?」と30過ぎの男に声をかけられた。
「答志島」と答えると「高速艇で今すぐ連れてゆく、ひとり千円でいい」という。
定期便でも550円かかるので、悪くない話である。

案内された高速艇を見て驚いた。
70人か80人は乗れる、本格的な船である。
お客さんは、わたしと相棒のふたりだけ、乗組員が全部で3人いた。

親切な乗務員で、船の上から、携帯でわたしたちのホテルに連絡を入れてくれ、
船が答志島の港に着いたときには、ホテルから出迎えの人が桟橋で待っていた。

実にありがたいサービスではあったが、わたしたちの運賃だけでは、
あの大きな船の燃料代にもならないのではないだろうか?
いまだに、ふしぎな有難いサービスだったと、首をかしげている。



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