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　　　　　　　　　　　　日常の風景　　　NO.0191
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Ｔ先生の想い出-2

当時、レコードを購入するのは、わたしの給料では高価すぎた。
だからわたしはソニーのオープンリールの録音機を購入し、月に一度ぐらい、彦根から草津まで電車に乗り、
重い録音機を手に下げて、先生の家に泊りがけででかけた。

５０本近くのオープンリールがコレクションとして手元に残ったので、
ずいぶんと頻繁にお邪魔をして泊めてもらったことになる。
奥様には迷惑をかけたと思うが、ふたりの子供たちともすっかり顔見知りになり、仲良くなった。

今から考えると、贅沢で芳醇な時間だった。
わたしひとりのために、音楽を聴きながら、丁寧でわかりやすい解説をしてくださったのである。
音楽だけではなく、人生のこともいろいろと教えてもらった。
この時間があったからこそ、その後のわたしの人生はずいぶんと豊かになったと信じている。
そのような意味では、Ｔ先生はわたしの大恩人で人生の師だった。

ふたりのふしぎな関係をどう説明すればいいのだろうという話題になったことがある。
わたしが「先生と生徒」といおうとしたら、その前に先生が「つれ、やね」といってくれた。
つれというのは、関西弁で友達という意味である。
その言葉を聞いたとき、こころからうれしかった。
京大を出た外科医のエリートだという雰囲気は微塵もない人だった。

草津に開業したＴ医院はすぐに大繁盛した。
特に盲腸の手術跡がほとんど残らないという工夫で評判だった。
先生はわたしにも器用そうによく動く小指を見せて、
「この小指さえお腹のなかに入れられたら、それだけで盲腸の手術ができる」と
手術の手順まで教えてくれた。
「この小指が命やから、この小指に保険を掛けたい」と真顔でいわれたこともある。

奥様が盲腸になったこともあった。
「医者の友人のなかには、家族の手術だけはよう出来んという人もいるけど、僕はまったく逆やねん、
たいせつな人の手術やから、そんなもん他人の医者にまかせられるかいな」と、
奥様への愛情を隠そうともせずに、自信を持って話されたこともある。

わたしが結婚してからは、さすがに泊りがけで遊びにゆくこともなくなり、
直接会ってお話しすることは５年にいちどぐらいになってしまった。
でもわたしは人生の師であったＴ先生のことを忘れたことはない。
わたしもリタイアして時間もできたし、もし先生が医者をやめるようなときが来れば、
一緒にウィーンに行きたいと思っていた。
ウィーンからザルツブルグ、ミュンヘンとモーツアルトが旅した足跡を尋ねたかったのである。
昔そんな夢を語ったことも事実あった。

だが最近、奥様からの葉書で、Ｔ先生が亡くなったのを知った。
手術は成功して、後は回復を待つばかりだと信じていたので愕然とさせられた。
何度も何度も葉書を読み返してみたが、書かれている内容が変わるはずもなかった。

ひと月ほど前にもらった手紙には、病気で倒れたが、困難な手術が成功した。
やむを得ず病院は閉院にするが、これからも頑張るという内容だったので、
わたしの方からもお見舞いの手紙を送ったばかりだったのだ。

大手術の後ということもあり、直接お見舞いにゆくのは遠慮したのだが、
今となっては、とても悔やまれる。
Ｔ先生、いままでほんとうにどうもありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。



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ｓｃｅｎｅｒｙの風景

今日は午後から、彦根市民コーラスによる第九のコンサートを聴きに行く。
コーラスに熱心なメンバーの友人がいるので、ほとんど毎年聴いている。

第九の壮麗な合唱を聴くとき、今年１年もどうやら無事に終わりそうだという実感がこみ上げてくる。
このような楽しみ方を教えてくれたのは、間違いなくＴ先生のおかげである。

このような個人的な感傷に２回も付き合っていただきありがとうございました。
書くことにより哀しみが内にこもらず、ずいぶんと慰められました。



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