*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0209
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

キャベンディッシュにて

名作「赤毛のアン」を100年前に書いた
モンゴメリーの故郷キャベンディッシュは小さな村である。

緑豊かで、花が咲き乱れる素敵な散歩道はあるが、
銀行は一軒もない。
訪れる人が絶えない、慎ましやかで華やかなモンゴメリーの墓はあるが、
コンビニやマクドナルドも一軒もない。

宿泊料が安くダブルベッドがふたつあって、
村のほぼ中心にあるという条件だけで予約したわたしたちの宿泊施設は、
意外なことに普通のホテルではなく大規模なコテージ村だった。

自炊のできる山小屋を一軒借り切ったかたちで、
まったくの偶然だったがこれはこれで悪くない。

それほどあたらしい施設ではないが、
入口がテラスで囲まれていて、テラスには簡易なテーブルと椅子。
それに、プロパンガスを使用するバーベキューセットまで設置されていた。

夕食は簡単なバーベキューをすることに決めた。
村に一軒だけある、食料品を販売する小さなマーケットまで
国道をかなり歩く。

ステーキ肉を2枚と3本のトーモロコシ。
焼くものはこれだけ。豪華そうでささやかな夕食である。
あとは、パンとジュース。果物は地元の新鮮なものをいっぱい買った。

肝心なものを忘れていた。ビールである。
バーベキューをしてビールがない状況というのはわたしには想像すらできない。
ところがビールはマーケットには売っていない。
店員に聞くと、リカショップが町はずれに一軒だけあるという。
車でほんの5分だと簡単にいうが、車がないわたしたちにはどうしようもない。

一度ホテルに帰り、バーベキューの支度を整えてから、
わたしはもう一度、村にでかけた。もちろんビールをあがなうためである。
村にはレストランが2、3軒あった。
レストランにはビールが置いてあるので、テークアウトするつもりだったのである。

ところが訪ねてみると、気の毒そうな顔はしてくれたが
「ノー」と明快に拒否された。
酒類をテークアウトするのは法律に触れる行為なのだそうだ。

こうなると、わたしには手段がまったくない。
とぼとぼと山小屋に帰る途中、陽が傾き、わたしの影が黒く長く伸びた。
それぞれの山小屋では、テラスのテーブルを囲みながら、
冷たいビールを飲み、ワイングラスを傾けながらの、にぎやかな談笑が始まっていた。

念のため、ホテルのフロントでも聞いてみた。
人のよさそうなフロントのおばさんは、
わざわざフロントの冷蔵庫の中まで調べてくれたが、何もなかった。

さすがのわたしも、もうこれで諦めて、小屋に帰るつもりだった。
憤怒と失意と諦観の帰り道、とある山小屋でビールをラッパ飲みしながら、
バーベキューの支度にとりかかろうとしている中年の男性を目にした。

ここからが酒飲みのいやしさである。
むくむくと内部からふしぎな勇気が湧いてきて、いつの間にかその人に声をかけていた。
知っている限りの丁寧な言いまわしで、
「あのう、あなた様の御好意におすがりしたいのですが・・・」
わたしは事情を説明して、ビールをわけてもらえないかといった。

男の人は「何本必要なの?」と、にこやかに笑いながら言ってくれた。
わたしは本当は3本といいたかった。カナダのビールは小瓶なのである。
でもここはぐっと我慢して「2本」と答えた。
「いいよ、お金はいいから」と部屋に戻り、2本のビールを手渡してくれた。
お金はどうしても受け取ってもらえなかった。

見ず知らずのカナダ人におごってもらったビール。
ステーキとともに飲みながら、
わたしにとっては涙が出るほどうまい想い出のビールになった。乾杯!!



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

今回の「赤毛のアン」の旅、天候にも恵まれ、素敵な時間でした。
ただ、日本の10月頃と思っていたのに、11月ぐらいの寒さでした。
お盆過ぎの日本の異常な暑さから、想像力が完全に欠如していました。

飛行機のエアコン用に持って行った、パーカーが終始離せず、
長袖の薄い絹のパジャマの上に、下着を着て、シャツを着るという、
オシャレには程遠い姿で、歩き回っていました。

今回の旅の写真です。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/akage/akage.html

明くる日、観光タクシーの運転手に本文に書いた話をすると、
「ピューリタン革命を知っているか?」と聞かれた。
ほとんど何も知らないが、名前ぐらいは聞いたことがあるのでうなずくと、
この村の歴史を話してくれた。

もともとはイングランド系の清教徒がつくった村で、
昔は飲酒という行為は罪だったのである。
そのなごりが今も続いていて、まだ法律まで残っている。

お酒の好きそうな運転手は「観光村とすれば、非常に大きな問題だ」と
わたしを慰めるように言ってくれた。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------