*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0220
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

秘密の特訓

「たまには勝負してみるか?」
という将棋の誘いに、いつもなら口を濁して断っているわたしが
素直にうなずいたので、相手はちょっと驚いたかもしれない。

続いて冗談めかして言った
「どや、ビールでも一本賭けて」
という提案にも、ふたつ返事で承諾したので、
ますます(あれ、今日はどうなってるんや)という疑問も湧いたかもしれない。

わたしが飲みに行くなじみの店には、客どうしでいつでも将棋が指せるように、
ちいさな二人掛けのテーブルに将棋の枡目が刻んである。

カウンターに座って、ビールを飲みながら、
人が指す将棋を横目で見ているのは楽しい。
口は出さないようにしているが、
「今日はなかなかいい出だしやね」とか「ちょっと苦しそうやね」とか
店のお客がみんな顔なじみなので気楽な感想をいうこともある。

指している将棋の流れとか、手筋などを見ていると、
みんなそんなに強そうには見えないのである。
だが、たまに誘われて指してみると、これがなかなか勝てない。

途中まではいい線を行くのだが、終盤に逆転されることが多い。
たとえ飲み屋での気楽な勝負とは言え、
2回、3回と続けて負けると、かなり悔しいものである。

今夜勝負した相手にも、一度指して、ものの見事に負かされた記憶がある。
ところが、今夜は多分相手の勝手がいつもとは違っていたはずだ。

土曜日に英会話の練習に大阪にまで行くのが習慣になっている。
そのついでに、大阪の福島にある関西将棋会館にもたまに顔を出すようになった。
将棋会館といえば、関西のプロ棋士を育てる本部である。
谷川浩司九段や内藤國雄九段などそうそうたる逸材を綺羅星のごとく排出している。

わたしは形をそれ相応に整えると、俄然テンションが上がるタイプで、
ここでこっそりと腕を磨き、飲み屋のみんなを驚かせるつもりだった。

将棋会館では、毎日将棋好きのメンバーが50人以上集まり、
老若男女熱気であふれている。
会費を払って待っているとスタッフが場内のマイクで呼び出し、
棋力の似通った適当な相手をアレンジしてくれる。

3千円ほど出せば、将棋のプロが直接指導もしてくれるが、
わたしには必要ない。わたしの棋力では指導してもらっても身にはつかない。
それよりも一番でも多く、いろんなタイプの指し手と実戦をこなすことである。

実戦をして、本を読んで、また実戦をする。
平凡だが、たぶん将棋や碁が強くなる秘訣はこんなところだろう。

今夜わたしは相手が奢ってくれたビールをこころおきなく味わっている。
こんなうまいビールを飲んだのはかつてなかったことである。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

関西将棋会館に集まってくる人は、面白いほど雑多である。
小学生の低学年から、80歳ぐらいの老人まで。

小学生の児童は、母親が連れてきている。
そんな母親が3人か4人は必ずいる。
母親はただひたすら、子供が将棋を指すのを一日中待っている。

まるで、塾にでも連れてきているような感覚なのだが、
我が子の才能を信じて疑ってはいない。
母親の思いの方が我が子より必死という感じが伝わってくる。

わたしは最初謙遜して自分のレベルを8級として申告した。
ところが謙遜どころか、それでちょうどよかったのである。

8級ぐらいのレベルだと、わたしの相手は半分ぐらいが子供である。
だがこの子供達が異様に強い。
わたしはどちらかというと、長年将棋が好きで差し込んできたという老人の方が指しやすい。

小学校3年生ぐらいの女の子に、飛車落ちのハンディをつけてもらって、
それても負けたこともある。
能力の差が歴然としているので、感心するだけであまりくやしくはない。

一度だけ、子供で、わたしが相手の王を追い詰め、後1手か2手で詰みという
局面で、相手がまるで関係のない駒を動かしたので、
無視して王手を続けると、その瞬間あっという間に、わたしの王さまを取って、
ニヤリと笑うとすぐに立ち上がった子供がいた。

遠くの角道が王さまに当たったのを見過ごしたのだ。
確かに弁解をするまでもなく歴然と勝負はわたしの負けである。
でもこの子供、ある程度の才能はあるのだろうが、
人間としての社会性がいびつで、これで大丈夫なのかなと、
呆気に取られながら、こころが干からびて行くような乾いた感じがした。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------