*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0213
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

森川許六の墓

古くからの文学仲間である友人から以下のような連絡をもらった。

「・・・お忙しいとは思いますが、長純寺がその後どうなっているか、
お暇な時に覗いてみてくださいませんか?
森川許六のことをしらべていたら、彼の家の代々の菩提寺であった長純寺が
崩壊しているとのHPをみつけました」

彦根市民ではあるが、わたしは長純寺というお寺のことに関して、
どこにあるのか、どんなお寺なのかまったく知識も手掛かりもなかった。
ただ、森川許六のことは、ほんのすこしだけ知っていた。

NTTでの現役時代、彦根のビルの隅に
「森川許六住居跡」というちいさな石碑が建っており、
どんな人物だったのだろうと、すこし調べたことがあったのだ。

三百石取りの彦根藩士。
松尾芭蕉の弟子で後世「蕉門十哲」の筆頭に数えられるほどの俳人であったが、
多能な人で槍剣や漢詩、特に絵画にも優れていた。
芭蕉とは師弟関係というより、お互いよき芸術的理解者だった。

デジタルカメラを持って長純寺へ行く。
事前に地図で調べておいた。彦根市役所のすぐ近くであった。

地図で見ると「長純寺」と広いスペースで囲われていたが、
現場につくと、寺院らしき建物は何もなく、
図体は大きいが、ほとんど棄却されたような庫裏の向こうに
墓石が林立するお墓が見えた。墓地が唯一お寺だった名残をとどめている。

デジカメで友人に報告できるものは、庫裏に掲げられていた長純寺という看板。
森川許六の墓所と書かれた石碑。
それに雑草に混じって、鮮やかな深紅の彼岸花を咲かせている、
往時はさぞ立派だったろう墓地だけである。

せめて、森川許六の墓でもと探すが、見つけることはできなかった。
そんなとき、どこからか般若信教の読経が聞こえてきた。
か細い、女性の声である。
墓所にはわたしひとりだと思っていたし、
もしこれが薄暗い黄昏時などであれば、飛び上がって逃げ出すところである。

読経の声がする方向に足を向けると、
老女がひとりお墓の前で、祖先の霊を弔っていた。
根気強くお祈りが一段落するのを待って
「森川許六の墓を知りませんか?」と聞いてみた。

「ああ、森川先生ですやろ」と近所の中学校の先生のことのように老女は気楽に答えた。
耳が遠いのか、そのあとの受け応えがちぐはぐだったのでわたしはあまり期待しなかった。

そのとき、寺院の駐車場に大型のタクシーが一台横づけになった。
かなり年配の男女4人がぞろぞろと降りてきて、
そのなかのひとりがわたしに聞いた。
「森川許六の墓をご存じありませんか?」
「実はわたしもこの方に、今案内をしてもらっているんですよ」

人気がなかった、うらびれた墓地全体が急ににぎやかになった。
多分このような偶然は滅多にあることではないだろう。

老女は自信なさそうに、案内してくれた。
ひとすじ間違えたらしく、
「あれと違いますやろか?」
と、裏手からひとつの墓所を指差した。

指差されたお墓の墓石はずいぶんと白く真新しいもので、多分違うと思った。
しかし、前に回ってお墓を見ると、墓石には確かに森川家と書いてある。
そのそばで「五老井森川許六之墓」と書いてある石碑を見つけたときは
なんとなくうれしかった。

五老井とは、許六の別号である。
森川許六には子孫がいて、子孫がお墓を守っているのだろう。
墓所には、江戸時代からの古い墓石も一緒に守られていた。

とにかく、京都から訪ねてきたという、年配の4人は、
熱心に森川許六の墓参りをしていた。
手には句集を持っているので、俳句の仲間のようだったし、
俳句が縁で許六の墓を訪ねてきたとも言っていた。

まったく不思議な偶然である。
老女に会わなければ、許六の墓を見つけることは不可能だった。
俳句のグループに出会ったおかげで、お墓詣りらしい形が整った。
なんだか森川許六の霊に導かれたような気もするのである。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

森川許六とは
http://apricot.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/whoswho/kyoroku.htm

当日の長純寺の写真です
http://www.imagegateway.net/a?i=JDsngJymTo

彦根市民でありながら、彦根の歴史にあまり詳しくない。
むしろ京都や大阪に住んでいるひとで、歴史に関心がある人の方が、
ずっと詳しくて、文化遺産の保護などにも熱心である。

今回は文学仲間の友人に背中を押された形になったが、
彦根出身で高名な江戸時代の文化人である、
森川許六の墓参りのようなものができた。

文学という芸術を愛するひとりとして、
いい機会をもらったと、友人にこころから感謝している。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------