*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
            日常の風景   NO.0218
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

恩師との再会

2階のわたしの部屋で、いつものようにパソコンを操作していると、
玄関のドアが、開く音が聞こえた。
すぐにトントンとあわてて階段を上がってくる足音が聞こえ、
同時に相棒が、わたしの名前をせわしく呼んでいる。

何事だろうと思って、立ち上がると、
「多賀のNさんという人が、訪ねて来やはった」
といった。
「Nさん?、誰やろ、心当たりがないなぁ」
とつぶやきながら、階段を下りてゆくと、
玄関の土間に、前ボタンのグレーのセータの上に黒っぽいブレザーを羽織った
老人が立っていた。

一目見てわたしはすぐにわかった。
「あっ、N先生」
中学時代のわたしの恩師である。
ほぼ48年ぶりの再会であったのに、瞬時にわかった。

「いやー、Kさんなつかしいなぁ」
と、先生はわたしの手を両手で取り、しっかりと握ってくれた。
「先生、どうぞ上がってください」
と、何度も勧めたがその度に、ちょっと立ち寄っただけだからと、
結局、玄関だけの応対になってしまった。

「先生、お幾つになられました?」
「83にもなってしもた」
「お元気なのですね」
「いや、もうあかんわ」

お世辞ではなく、精悍そうでいかにも毎日土に親しんでいるという浅黒い顔色だった。
中学時代から、厳しくて、武骨で、それでいて暖かな土の香りがする数学の先生だった。

当時の他の先生や、クラスメートの近況を話しているうちに、
N先生に叱責されているシーンばかりがなつかしく甦ってきた。
わたしは優等生ではなかったし、大人の目を盗んでは、悪ふざけばかりをしていたが、
すぐに見つかって、何度も叱られたのは、ずる賢い知恵もなかったのだろう。

最後になって、先生は思い出したように、
「これ、今年取れた新米や、食べて。それと、家で取れた柿」
重そうに、新米と、真っ赤に熟れた大きな柿を玄関のかまちにどさっと置かれた。

「もろた本、読んでるで、うれしいてな」
先生は今年の春、わたしが送った贈呈本「日常の風景」のお礼に
わざわざ来て下さったのだ。

お帰りになる先生を、相棒とふたりで見送る。
驚いたことに先生は自転車で来られていた。
多賀から彦根までは10kmはくだらないと思う。
先生もわたしたちも姿が見えなくなるまで、何度も何度も手を振りあった。



----------------------------------------------------------------------
sceneryの風景

一年に一度ぐらいは、考えもしなかったような出会いというのがあるものだ。
恩師の訪問というのは、ほんとうに驚かされた。
それに新米という先生のプレゼントは、どんな銘菓をもらったより嬉しかった。

早速その日のうちに、新米を頂いた。
わたしの家は、もう何年も無洗米を使用しているので、
米を研ぐのは久しぶりのことである。

この日は、たまたまわたしの家事当番の日だったので、
米を研ぐのもわたしの役目になったが、これも嬉しい作業だった。
先生が思いを込めて、育てられた米を丁寧に洗う。

忘れないように「米洗い必要」とハイザーにメモを貼り付けた。

先生の新米はほんとうにおいしかった。
輝くように真っ白でふっくらとしたご飯。
口にふくんだときに感じる、新米独特のやさしい香り。
歯に当たる、何ともいえない弾力。
噛みしめたときのまろやかな甘さ。
ああ、お米ってこんなにおいしかったんだと感じられるしあわせ。



----------------------------------------------------------------------
発行者 scenery
north@arion.ocn.ne.jp
HP 日常の風景
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/

----------------------------------------------------------------------
日常の風景が本になりました。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/scenery_jp2/book/book.html

----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、

『めろんぱん』 (マガジンID: 2179) http://www.melonpan.net/
『メルマ』  (マガジンID: 50779) http://www.melma.com/
『まぐまぐ』 (マガジンID: 79888)   http://www.mag2.com/
『E-Magazine』 (マガジンID: scenery1) http://melten.com/
『カプライト』 (マガジンID: 4327) http://kapu.biglobe.ne.jp/

を利用して発行しています。

----------------------------------------------------------------------
メールマガジンの退会・解除は
http://www6.ocn.ne.jp/~scenery/  からお願いします
----------------------------------------------------------------------