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日常の風景 NO.0210
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パレ駅の酔っ払い
ケベックの街外れにあるパレ駅に着いたときは雨が降っていた。
まるで宮殿のような堂々たる外観のパレ駅も、
夜が更けてくると、人影がまばらになり、
巨大な無人駅のような様相を呈してくる。
鉄道駅とはいっても、日本の駅とはまるで様子が違う。
何しろ、午前に一本、午後に一本ぐらいしか、
列車が入って来ないのである。
カナダの鉄道は、観光に特化されていて、
本数が極端に少ない上に、料金の高い、贅沢な乗り物なのだ。
夜の9時前、わたしたちはパレ駅の前で、
次の鉄道駅に移動するためにバスを待っていた。
小雨がまだ降り続いている。
人通りはほとんどないし、バスを待っているのも、
わたしたち家族と、西洋人の若い女性だけである。
そこに突然ひとりの酔っ払いが近付いてきたのである。
手に缶ビールを持ち、ふらふらと足もとがおぼついていない。
歳は50歳前後だろうか、作業ズボンのような折り目のない地味なズボンに、
これまた絵にかいたようなよれよれの黒ずんだシャツを着ている。
日焼けして艶のない顔に不精ひげをたくわえ、
典型的な社会的アウトサイダーに見えた。
唯一の救いは、目元がなんとなく愛くるしく、常に笑っていたので
全体としては、愛嬌のあるおじさんという感じにも映った。
不意のことで、無防備だったわたしは、このおじさんと
目がバッチリと合ってしまったのである。
よろけながら、わたしの前に立つと、飲みさしのビールを勧めてくれた。
もちろん丁重にお断りをする。
すると今度はソニーの音響製品のことを話し始めた。
娘が使っているが、最高の製品だとやたら褒めまくるのである。
だから日本はすばらしいと、握手を求め、そのままわたしの手を握って離さない。
その勢いで、隣で心配そうに見ている相棒に急に抱きつき、
頬ずりをして、ほっぺたにキスをした。
相棒はさぞかし戸惑ったことだろうと思う。
娘にも同じことをしようとしたが、さすがに娘はうまく避けた。
待っていた乗り物がやっと到着したので、ほっとしていると、
この酔っ払い、まるでホテルのポーターのように、
小雨降るなか、わたしたちの荷物を、乗物にせっせと運び込んでくれた。
こんなタイプの酔っ払いを日本では見たことはない。
夜の駅にたむろしていた全員が、乗物に乗ってしまったので、
再び、ひとりぽっちになってしまった酔っ払い。
車の窓から見ていると、オレンジ色の電球がぽつりと灯る
駅の軒先で、わけのわからない不思議な踊りを
ゆっくりとスローモーションのように踊りだした。
雨降る夜の駅で、たった一人踊る酔っ払い。
まわりが暗く、軒先だけにオレンジ色のひかりがあたり、
まるでサーカスのピエロが舞台でスポットライトを浴びながら
踊っているようにも見えた。
わたしは最近、こんなに淋しくなる光景を見たことがない。
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sceneryの風景
今回の旅で、わたしたちが利用したのはノースウエスト航空。
アメリカの航空会社である。
だから、中部国際空港から、アメリカのデトロイトに行き、
デトロイトでトランジットをしてケベックに飛ぶというルートだった。
デトロイトで一度アメリカ入国の手続きをしなければならない。
噂には聞いていたが、入国手続きはやはり大変だった。
一人ひとり、靴まで脱がせて調べる。
ちょっとしたことで、何をしているのかよく分からないが、
宇宙カプセルのように設備に入れ、徹底的に調べる。
当然、時間がかかるから、長蛇の列ができる。
やっと身体検査が終われば、今度は入国手続きで、
全員の指紋を10本の指すべて取られるうえに、
一人ひとりの写真を撮るのである。
入国も、出国も同じ手順だった。
アメリカは、世界を移動する人間の巨大なデータベースを構築しようとしている。
今後、何に利用されるのが空恐ろしいものがある。
自由の国アメリカは、9.11以降、
アメリカ市民の自由というものは、
確実に制限されつつあるという実感だった。
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