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            日常の風景   NO.0229
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引田の夜

四国の引田というところは高松と鳴門との中間、やや鳴門寄りに位置する。
引田と書いて「ひけた」と読む。

江戸時代は大規模な塩田でたいそう栄えていたらしいが、
今は、歴史的な香りを所々に残している、漁業と農業の田舎町である。
文学にかかわりを持たなければ、わたしには生涯縁のない町だったと思われる。

わたしは詩人ではないが、詩人の友人、知人がかなりいる。
そのような縁もあり「発信地」という詩人集団の引田総会に、
オブザーバーとして招かれた。
詩人集団といえば格好いいが、文学老人集団と言い換えた方がしっくりくる。

「発信地」という詩集は、詩集ではあるが、
たまには、短歌や俳句も取り上げたり、
わたしの「日常の風景」の作品が取り上げられたこともある。

引田で行われた2泊3日の総会には、遠く北海道からも3人の参加者があった。
総会での重要なイベントは、年2回発行される詩集の合評会である。
自分の作品が読者にどのように評価されたのか、
詩人なら誰しも、気になって当然だと思われる。

新鮮な魚に、冷たいビール。十分に満足した夕食も終わり、
ほろ酔い機嫌で、ホテルの和室で車座になり、さらに缶ビールを飲みながら、
和気あいあいと適当にくつろいだ合評会が始まった。

合評を進めて行くうちに、Mさんの俳句の番になった。
Mさんは詩人でもあるが、俳句の才能にも恵まれたひとで、
抒情的な一瞬の風景を五七五で切り取るのが実にうまい。

今回も20首の俳句が、1ページの紙面にきちんと納められていた。
俳句の横には、その情景を詠んだときの、心理描写だとか、より詳しい風景描写など、
端的な文章で、作者自身の解説が2行ずつ小さな活字で付け加えられていた。

わたしは、20首のうちの心に響く2、3点をとりあげて、
具体的な、感想を述べたのであるが、
Nさんが突然「これは俳句ではありません」と強い口調で言い切ったのである。

この爆弾発言に、会場に緊張が走った。

Nさんの言い分はこうである。
俳句は五七五だけで勝負すべきなのに、作者の解説があるようなものは
俳句ではないというのである。

Nさんの問題提起があるまで、わたしにはまったく違和感がなかった。
指摘されれば、なるほどそういった見方も一理はあると納得はした。

作者のMさんが強く抗議して、わたしが所属する俳諧では、
このような書き方もあるのだと説明したががNさんは納得しない。

Nさんも「これは俳句ではない」と作者の作品を全否定するのではなく、
「このような形式は俳句ではない」と作者の作品とは切り離した
一般論で論議すべき問題だったと思われる。

熱くなった不毛の議論が収まりそうもないので、わたしはひとりそっとベランダに出た。
ベランダは会場の喧騒が嘘のように静まりかえっていた。
ベランダに設置されている檜造りの露天風呂から立ち上がる湯気が、
気分をまろやかな、あたたかなものにしてくれた。

ベランダの前には夜の瀬戸内海が広がっている。
海の向こうに見える城山は巨大な黒い影にしか見えないが、
城山の上にあがった満月が、瀬戸内海に長い光の道を落としていた。

その光の道を歩いて向こうへ渡れそうな気がするほど、静かに光る海だった。



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sceneryの風景

総会の写真です。この号に書かれた、月に輝く夜の瀬戸内海の写真もあります。
ぜひご覧ください。

http://www.imagegateway.net/a?i=okpnZZR2r4

わたしたちは文芸評論家ではないのだから、
合評には暗黙の了解事項があると思う。
できるだけ作品の優れていると感じられる部分に焦点をあてて、
作品を積極的に評価するということである。

たとえ、気に入らない点があったとしても、
苦言は最小限にとどめる。その言い方も、
「この、余分な一言さえなければ、作品はもっと良くなったかもしれませんね」
ぐらいにしておくのである。

先輩の詩人の話によると、彼が若いころの合評会は、
それぞれが持つ「詩論」を真正面からぶつけあい、
互いの作品をけなし合い、それこそつかみ合いの喧嘩をしそうなほどの、
激しい批評の仕合を徹夜でしたそうである。

彼は、往時をなつかしそうに語るが、今はそんな時代ではない。



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